ツヴァイ・オタリ

ビール工場清掃員。高峰秀子さん、ダニイル・ハルムス、宮沢賢治が大好きです。

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ショートショート㊴「くま笹」(1065字)

北陸のどこかの県の、くま笹が繁る集落に その男の小屋はあった。 男の名前も、いつから居着いたのかも誰も知らず、知りたくもなかった。なぜなら男と男を含めたまるごとが、実に異様で不気味だったからだ。 男は60歳くらいの小太りで、頭のまん中だけがはげ上がり、左右はにくたらしくカールしていた。 そしてダンボールやベニヤを寄せただけの、ほとんどゴミのような小屋に住み、そのまわりに何千と繁るくま笹の緑色の部分一枚一枚には、男の手によって奇妙な文字のようなものが刻まれていた。 それ

    • ショートショート㊻「消えたレオポルト先生」(225字)

      発表会『アリババと40人の盗賊』の準備を押しつけられた先生は、昨晩忽然といなくなった。 翌朝防犯カメラを見てみると、校門はおろか教室からも出ていないことがわかったので、先生は色とりどりのズボンかターバン、もしくは先のとがった靴かつけ髭、はたまた厚紙で作られた金銀財宝の中のどれかになったと見られた。 つめ寄る先生の奥さんやほかの生徒たち、さらにはその親たちにもどやされて、校長は泣きながらひとつずつくすぐって探していった。 あと20分で幕が上がる。    

      • ショートショート㊺「たのしみなさい、畜生たち。」(282字)

        月が満ち欠けをやめたとたん、人間たちはふくらみはじめた。 それを見て犬や猫たちは腰がぬけるほど笑い、 つられてでてきた虫たちものたうちまわって 笑い、鯛やエミューやチーターたちもむせながら笑った。 そしてぱんぱんにふくれきり、さあはちきれると思ったら、やにわにゆっくりすぼみだした。 たちまち野次やブーイングがとび、みなどっとしらけて、毛づくろいだの脱皮だのをやりだすと、またぷあーーーーーーーーーっとふくらんだ。 思いもよらぬ展開に、地鳴りのするほど笑いがおきた。 だ

        • ショートショート㊹「地球の未来」(1362字)

          幸子おばさんは、素っ裸で公園の砂場をゴロゴロ転がりながら、砂をばくばく食べている所を通報された。その時も髪型はいつも通り、丸いネットにお団子を入れて、その上に大きな黒いリボンのついた、あのバレッタをしていたそうだ。 おじさんからその電話が来た時「おばさんのグッズを作るなら、あのバレッタのうしろ姿だな。」と言った私を、父は青ざめた顔で怒鳴った。もちろん裸で砂ばくばくはショックだったが、いいぞおばさん、やってやったなという感想の方が先にきた。 幸子おばさんは、眉毛をハの字に下

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        ショートショート㊴「くま笹」(1065字)

          ショートショート㊸「来なかった4分音符」(228字)

          ト音記号は、今夜来る4分音符のため部屋をしつらえていた。暖炉の横の小さなテーブルには、この日の為に編んだレース編みのテーブルクロスをかけ、その上にはピカピカに磨いた真鍮の花瓶を置き、赤いカーネーションを1輪さした。そして奮発して買ったコニャックの瓶も とっておきのグラスと一緒に置いた。 まるでいつか泊まったマドリッドのホテルのようだと満足すると、とさかの部分にポマードをたっぷり塗り、まん中のぐるぐる部分にシワの寄らぬよう窓辺に立ったまま待った。15時間。

          ショートショート㊸「来なかった4分音符」(228字)

          ショートショート㊷「凶悪犯のなる木」(234字)

          その木の怖いところは3つある。 1つ目は、栗の木とよく似ているというところ。秋になると、イガイガしたあの実を落とすのはもちろんのこと、ふさふさして生ぐさい、あの花を咲かすところまでそっくりにやるところ。 2つ目は、だいたい1つの実に2~3人、 それぞれ4センチほどの凶悪犯が裸でうずくまり、眠って入っているというところ。そして鳥の声やチャイムの音で、そのぎらぎらした目がつぎつぎ覚めていくところ。 3つ目は、その木がなぜか、 保育園や幼稚園の近くへよく生えているというところ

          ショートショート㊷「凶悪犯のなる木」(234字)

          ショートショート㊶「だれかの短歌」(1287字)

          いつもはおむつ一丁でペットボトルに埋もれて寝ている忠夫さんが、その日はイヤホンをして あぐらをかいてうつむいていた。 「忠夫さん。」と言うと、パッと顔を上げて「しーっ」と口の前でゆびを立て、下を顎でしゃくった。見るとペットボトルや新聞紙が散らばったふとんの上に、イヤホンのささった集音器と、それに並んでメガネケースぐらいの大きさの、黒い生き物が横たわっていた。 ビロードの布のようなものにくるまっている胴体はコウモリそのものだったが、うつぶせになった頭は人間そっくりで、よく見

          ショートショート㊶「だれかの短歌」(1287字)

          ショートショート㊵「聖なる切り口」(1446字)

          しげるちゃんが切ったものの切り口からは、たいてい、すーっと細い茎がのびてきて、ひらひらしたまるい葉っぱと、ふっくらしたつぼみも出てきて、ぽっと蓮の花が咲いた。数秒で消えてしまうそれは白っぽく透けていて、でも立体的なものだった。 はじめて会った時、わたしは6歳、しげるちゃんは3歳で、母の再婚相手の連れ子だった。 くりくりした目にちょんとつけたような口の かわいい男の子で、母がまた離婚するまでの2年足らずを一緒に暮らしていたが、大声を出した所を見たことがないくらいおとなしい子で

          ショートショート㊵「聖なる切り口」(1446字)

          ショートショート㊳「かまきりと辞書」(744字)

          らっきょうの花にとまったメスかまきりが ぼんやり小ぶりのバッタを食べていると、 ふいにオスかまきりがかぶさってきた。 驚いてふり向くと、自己紹介なのか癖なのか、 にやにや笑った顔とおどおど怯えた顔を 交互にやりはじめた。 そしてちょうどおどおどの時、尾の先っぽをぐにゃりと曲げ、メスかまきりの先っぽへぐっと挿し入れた。すると今度は下を向き、オスかまきり同士でやるような、肩を震わせる笑い方をやりながら、少しずつ少しずつ、ゆっくりと精包を入れはじめた。 おそらくその時だったと

          ショートショート㊳「かまきりと辞書」(744字)

          ショートショート㊲「四匹の里芋」(111字)

          もともと里芋というのは目の悪い生き物だが その四匹は特段悪く ほとんど見えていなかった。しかし二匹はどどいつ 一匹は怖い話 一匹 は占いができたので 乱暴に掘り起こされるその日まで そこらの貴族たちより楽しく暮らせた。     

          ショートショート㊲「四匹の里芋」(111字)

          ショートショート㊱「グオングオン」(791字)

          逆光で見えにくいが、一見巨大な風車か、光に群がる蛾の大群に見えるあれは、よく見ると大よろこびで飛んでいる人間たちの群れだった。 さらによく見てみると、みな裸で 、背中に太い縄を蝶々結びにして飛んでいた。 その光景は全体的に黄色がかった金色で、ひどく眩しく、また砂っぽかった。そしてグオングオンという大きな風の音が聞こえ、なぜだかポップコーンに似た香ばしいにおいもした。 休憩というものを知らないのか、そうするのがもったいないほど楽しいのか、ぐるぐるぐるぐる時計回りにずっと延

          ショートショート㊱「グオングオン」(791字)

          ショートショート㉟「産道の壁画」(753字)

          とある3つ子の描いた絵が世界に衝撃を与えた。3人は生後20日目の朝、突如ボールペンを握りしめ、おのおの寝ていたシーツへ 一心不乱に描き出した。 1人は蓮華の花が咲く池の上で、琵琶や太鼓を演奏している天女たちと、それに合わせて踊っている象や獅子や鳥たち。 そして中央にはひときわ大きく、うずまき状の雲に乗ってゆったり微笑む仏様を描いた。 1人は上部に描いた大きな丸の中から、シャワーキャップとマスクをしてこちらを覗き込むめがねの男と、それを挟むような外反母趾の足。 さらにその丸

          ショートショート㉟「産道の壁画」(753字)

          ショートショート㉞「卵のかたち決める会議」(58字)

          きのう ゼウスのおむつを替えに行ったら 一番難航したのは 卵のかたちを決める会議だったと言っていた。あれはたぶん本当。

          ショートショート㉞「卵のかたち決める会議」(58字)

          ショートショート㉝「父の作る母たち」(817字)

          父が母の遺骨全部に番号をふったと聞いた時、 深刻そうな姉の声も相まってわたしは笑った。 しかも「失くすといけないし、細かくて書けないものもあったから全部ではない。」と主張する父の目が、こちらが間違っているのかと思うくらいまっすぐで、また笑った。 もともと几帳面で、細かい作業やナンバリングが大好きな父だったが、母が死んだ後、少しレールが反れた上で拍車がかかった。 コンビニのコピー機を駆使して作ったのであろう、感心するぐらい等身大に微調整した母のカラーコピーを厚紙に貼り、さら

          ショートショート㉝「父の作る母たち」(817字)

          ショートショート㉜「ポーチャへの手紙」(253字)

          ポーチャ いつかあなたが「おれはおふくろの股から出たとたん トレイとトングを持たされたんだ」と言った時 みんなで笑ったのを謝ります。わたしにも見えたからです。あなたのいうとおり すべてはケースから選ぶだけでした。 いま調査のため 世界中を旅しています。 アメリカ人はプラスチックのトレイとトング。デンマーク人はウッドのトレイとトング。 ドイツ人はスチールのトレイとトングでした。 日本人はそもそも左手がトレイで右手がトングらしいのですが とても信じられないので 確かめしだい

          ショートショート㉜「ポーチャへの手紙」(253字)

          ショートショート㉛「去って行ったコーラス隊」(1397字)

          12歳で初めて生理になった日の夕方から、 18歳で初めて男と寝た日の深夜まで、たびたび現れていたコーラス隊がいた。 丸顔でがたいのいい、モンゴル人ぽい女の子の4人組で、3人は半袖のグレーのニットの長いワンピースを着ていて、首回りには赤や紺のひし形模様が編まれていた。 少し背の低い1人は白い厚地の長袖で、ひざまでのワンピースを着ていた。皆ぺたっとしたショートカットで、はだしだった。 その日、わたしは震える手でナプキンをしき、上から何枚もパンツをはいた。そして突然自分が得体の

          ショートショート㉛「去って行ったコーラス隊」(1397字)