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煙の向こう側  6話

その年の春、なごみは就職して事務職についた。

そのころ母は、やっと水商売は辞めたようだが相変わらず煙草は吸っていた。
『カタツムリ』でいる回数は、幾分減ったとはいえ、やはり苦痛を伴う日々は続いていた。
母との間にできた溝は埋まるどころか、反対に深まる一方で、和が帰宅する時間もどんどん遅くなっていた。
友達や同僚と遊び歩き、朝帰りをして母にこっぴどく叱られたことも一度や二度ではない。

就職して2年がたった頃、和は時々会社に来る杉田と付き合い始めた。
杉田は営業マンで、和より一回りも年上だったが、その容姿からは想像もつかない。和も歳を聞いて驚いたほどだ。
実家は大きな農家だったが、両親がまだ元気なので実家を離れ自分の好きな仕事をしているのだ。
杉田も車が大好きだ。
杉田は休みになると、和を連れだしてドライブをするのが好きだった。
いつの間にか、和は杉田に自分のことを話すようになっていた。
和の脚のこと、母のこと、筒美のこと、杉田は何も言わずただ相槌をうち聞いてくれた。
杉田も弟のことがあり結婚はしないと決めていたが、自分と結婚することで
和を今の場所から救ってやれるなら、それもかまわないと思い始めていた。

杉田には眼に障害を持つ弟がいた。
もちろん弟といえども、和よりは年上だ。
杉田の両親も、嫁には若すぎる和に戸惑ってはいたが、娘のいない杉田夫婦にとっては幸せなことであり、あっという間に結婚まで話は進んだ。
もちろん途中、何事もなく進んだわけではないが。

というのは、和の母が反対したのだ。いや実際は母ではなく筒美が反対したといった方が正しい。

筒美は常々、和のことについて母に厳しく言っていた。悦代のようにしてはいけないという懸念があったからだ。
服装のこと、言葉使いのこと、礼儀のことなど、自分では何一つ和には言わなかったが母にいつも厳しく言っていたのだった。
結婚ともなるとなおさらだ。

反対の理由はこうだった。
歳が離れすぎていること、和がまだ若いということ、杉田の実家が大きな農家でゆくゆくは継がなければならないこと、少しでも障害のある和に弟の面倒が見られるか?ということなど、いろいろな要素が合わさってのことだったが、結局は筒美が和の結婚相手は自分が探すと決めていたからだった。

杉田は母に気を使って、筒美をお父さんと呼んでいた。
杉田は何とか許しをもらおうと必死だったが、特に機嫌をとるふうもなく、ただ誠実に自分の和への気持ちを折に触れて筒美に伝えていた。

和を救いだしたい一心であったと思う。

暫くして、杉田側の仲人が和の母にこう言ってきた。
弟は両親が亡くなったら、施設にいれると。
そして…
筒美は和との繋がりがないので、仲人として結婚式にでること。
何かすっきりしないものが残ったが、一応双方合意の上、結婚のはこびとなった。
和にとっては、今の生活から逃れることが最優先であった。勿論、杉田を信頼してのことだったのはいうまでもない。

結婚して暫くしてからのこと、母から電話があり、和の結婚前に、野瀬が電話をしてきたと言うのだ。和にとっては晴天の霹靂だった。しかも電話が欲しいとの伝言に、聞いた電話番号を無くしてしまったというではないか。
呆れて物もいえなかった。どうすることもできなかった。

とかく新婚というのはあ、孫の重圧がかかるものだ。
杉田夫婦にとっても、それは当然のようにやってきた。
ちょうど一年が過ぎたころだった。
じっと辛抱していた杉田の両親が「そろそろ孫の顔をみせてくれないか」と
言ってきた。
二人は子造りを避けていたわけではない。自然のものだからできないのは仕方のないことだし、何より和がまだ若かったので、気にも止めていなかった。が、一回り以上も歳の違う杉田にとっては、ことのほか重視される問題でもあったのだ。
その当時、農家の跡取り息子ともなれば、当然のことであった。

杉田は何度も両親に呼び出されるようになっていた。
子供ができないのは、和に問題があるのではないかと言われ
何度も婦人科受診をせまられていた。
出来ないのなら離婚してほしいとまで言われていた。

そんなことを、和は知る由もなかった。
和を守ると決めた杉田に、いえるはずもなっかった。
杉田は子ができないのは自分のせいではないのかと思い始めていた。

それから2年が過ぎたが、杉田夫婦に子は授からなかった。

二人はお互いを守る為、離婚届けを提出した。

和は一人でアパートに引越した。
甲斐甲斐しく引っ越しを手伝ってくれた杉田に、和は涙した。
その後二人は兄妹の関係となり、暫くは連絡を取り合っていた。
が、杉田の父が亡くなり、それも叶わなくなってしまった。

和は結婚した当時は主婦に専念していたが、1年もすると勤めに出るようになっていた。
離婚したことを公にするのに抵抗はあったが、かえって和には励みになった。
勤め先は紳士服販売の店だった。
初めは経理を担当していたが、性格と人なつっこさをかわれ、ちょうど杉田と別れたころから、土日の繁忙期だけ店頭にでるようになっていた。
一人暮らしの寂しさもあって、仕事に没頭し、半年もたたないうちに
5店舗土日売り上げ1位を取るまでになった。
杉田を忘れたわけではなかったが、仕事が面白くて仕方ない時期でもあった。

それから1年ほどたち、今の主人のこうと知り合うことになる。

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