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【SF連載小説】 GHOST DANCE 21章

  

     21 移植


 手足をベルトで固定されたベッドの上で、冬吉は目が覚めた。甲高い金属音が響き、消毒臭が漂う。手術室か。術衣にゴム手袋のやつらが数人、準備に忙しい。

 不意に、一人の男の面が真上から覗き込んだ。貴宏であった。
「なんの真似だ。美也子はどうした」
 見下ろす貴宏の、のびた鼻毛がしきりになびく。何やら昂奮隠しきれず、目は釣り上がって冬吉の質問なぞ無視の構えで言うことに、
「君は、存在証明のないモルモットさ。例の臓器をいただくよ。どうせ蜥蜴の尻尾みたいに、何度でも再生がきくんだろう」
「美也子のことを教えてくれ……」
 冬吉の口調に幾分哀願を感じ取ったものか、貴宏は小鼻をひくつかせ、ひきつったように笑うと、
「美也子君も保護した。涼一郎から、何もかも聞いたよ。彼女も、君と同じ凍結された百年前の人間だそうだね。涼一郎のやつはそのことを知り、自分たちは退化した存在だと厭世的になりやがったが、僕は違う。僕はそんな負け犬はいやだ。
 実を言えば、僕はインポテンツだ。しかし、この時代では別に珍しくもない。『人工ペニス』という補助器具を使えば、性感のコントロールは自在だ。今どき、君達の時代の本能に任せたセックスなんて、下品の極みというのが定説だよ。僕はむしろそんな獣欲よりも、この一世紀、政道の路傍に踏みにじられた『愛』に憧れていた。かといって、パパの言うような『性愛』という意味じゃない。
 そして、僕はある日出会い頭に、これが『愛』だというものを見つけたんだ。恥ずかしながら、相手は『蟻の巣』の女だけど……いや、違う。彼女は天使だ。『蟻の巣』育ちのくせに、僕のインポテンツを少しも貶めない。しかも、『人工ペニス』でのセックスを拒絶したんだぞ。欲望の拒絶。こんな感動があるかい。
 そう。思えば、僕と美也子君との間にも、かっては似たような感情の交流があった。しかし、美也子が僕とのセックスを拒絶したのは、決して愛でも思いやりでもなかったのさ。単なる精神的なしこり。単なる身勝手。だからこそ、いったん僕を受け入れたあとは……ふん、今にして思えばさすが百年前の女、ちょっと酔っ払うと人並み以上の性欲があることを鼻にかけやがって、ところ構わず発情しやがる。この淫乱め。お望みどおり、一度なんかエレベーターの中でぶち込んでやったよ。『人工ペニス』のスイッチは切ってあったんだぜ。なのに、まるで尻尾を持った先祖返りの牝のように、恥知らずのヨガリ声をあげながら器用に腰を使ってよう……ひたすら滑稽だったね。そんなのが、『愛』かい。僕の夢は破れた。
 僕が頭に描いていた『愛』というのは、欲望はあっても互いに抑制しあい、その緊張した抑圧の中から抽出される、純粋に精神的な上澄みのことさ。人間の、最も高貴なる感情。貴賎を厳然と隔てる王冠。それを教えてくれたのが、あの子だ。エリートの僕があの子の世界まで降りてゆくには、ぜがひでも、君の《愛の臓器》が必要なのさ。僕はあの子のために、進んで『恋煩い』にかかる。そして、病院エリートが冷笑する本物のペニスで、敢てあの子を抱く。これが、僕にできる、あの子への愛の証だ……」
 どうやら貴宏のやつ、臓器なんぞにこだわらなくとも、『恋煩い』にはとうに感染しているけはいであった。かといって、医者でもない当方の診断に耳を貸す道理もない。いっそ笑ってやりたいが、ことはシンコクである。いけしゃあしゃあと美也子の肉体を弄んだと言わんばかりは殴り倒してもやりたいが、手足戒められた身の、冬吉はせいぜい舌をふるって、
「俺の《愛の臓器》を、おぬし、ちゃっかり横取りしようてえコンタンらしいが、先に移植したやつら、そろって狂死したと聞いたぞ」
「危険は承知。狂気は覚悟。いのちを賭ける。そういう心意気が恋だと、古典を読んでいる美也子君も言っていたよ。判ってくれ。どうしても、僕はあのカワユイ人と、じかに結ばれたいんだ。譲ってくれ……」
 いつしか貴宏は、涕泗(ていし)ともに垂らして泣いていた。いったん思い込んだ相手に理屈はお手上げの、言葉はかえって感情を逆撫でする、むなしい威嚇にすぎないだろう。観念するしかなさそうであった。じきに、別の手術台が二メートルほど隔てて運ばれ、貴宏もすぐに横たわる。
 出し抜け、冬吉の口と鼻にすっぽりとマスクがかぶせられ、意識は再び闇の中に飲み込まれていった。

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