見出し画像

【SF連載小説】 GHOST DANCE 18章

  

    18 先祖返り


 さすが百年後の医療と褒めてやるべきか、それとも《愛の臓器》なぞ所詮盲腸の親戚とでもいうか、ブローカー一味に剔出を受けてから一週間ののちには抜糸もすみ、冬吉の体力はすでに平常に近ずいた。胸の傷も、肋骨を斜めに走る爪痕に似た。ただし、平常は肉体のみにしてカードの支給はなく、電話も切られて以前の囚人に逆戻りであった。

 白衣を脱いだ涼一郎がひょっこり現れたのは、そんな日の昼下がりのことであった。
「どうかな。運動もかね、メシでも食いに出よう」
「ふん。二十二世紀てえのは、犯人の代わりに被害者の方が囚人扱いされるんですかい」
「そう皮肉を言わないでくれ。あんな事故にあわれちゃかなわない。もう少し、待ってくれ。なんとかする。とりあえず、今日は……」
 『グレーカード』が手渡され、二人は部屋を出た。
「美也子さんは?」
「彼女ももうすぐ退院、元の部屋に戻れるよ」
「見舞いくらいはしたいが」
「それも待ってくれ。先生と相談してからだ」

 二人はエレベーターを使い、降りるとビルの名店街といったけしきで、和洋中華の店がそれぞれに趣向を凝らしている。とりあえずそのうちの一つ、和風懐石が売り物らしい竹林を配した店に入った。踏み石を渡って通された小座敷に胡坐をかくと、涼一郎は指先で額をこすりつつ、
「いいかげんに、不貞腐れた顔はやめにしてほしい。やはり、モルモットじゃないかと……まあ、腹を立てるのも判るが。今度の事件、恥ずかしながら貴宏君の手引きでね。全く、申し訳なく思っている。とにかく、彼は臓器移植が専門だ。臓器とみれば、すぐ移植とくる。酔うと口の軽くなる癖があってね。つい、プロジェクトのことを漏らしたらしい。
 それにしても、君の《愛の臓器》を自分に移植したいと彼から相談されたことがある。なぜかと訊くと、ある女と本物のセックスがしたいという。《愛の臓器》の件も、案外、このあたりから漏れたのかも知れない。実は、ガキの頃の遊び仲間の妹でね……」
 食事をすすめながら涼一郎が問わず語りに打ち明けるところによれば、涼一郎と貴宏は共にこども時代を『蟻の巣』で過ごしたという。涼一郎の父はそもそも小さなゲームセンターの経営者ながら小才に秀で、かの『スナッフゲーム』のチェーン店を全国に広げて財をなしたそうだ。一方、貴宏は稲垣博士が芸者に産ませたもので、病弱の正妻がいのちあるうちは『蟻の巣』住まいを強制されたらしい。いずれにしても二人とも頭かしこく医大にパスすれば、やがて涼一郎は父の財、貴宏は父親のコネあらたかに病院エリートの座についたものと知れた。
 当然エリートはもてる。ただし、『蟻の巣』時代からもて女も知った涼一郎と違い、貴宏は『ホワイトカード』のご利益でちやほやされた口。そのあしらいも知らない。貴宏は初めての女肉を『蟻の巣』に求めた。土下座の奉仕でわざをみがく。その心積もりながら『蟻の巣』の反骨を甘く見たのだろう、増上慢たたって恥しめられるさき、結果は心因性のインポテ。涼一郎の見立てである。しかし貴宏は屈辱感をねじまげ、《滅亡の遺伝子》のしわざと思い込めば、酒の勢いやけくそについ襲いかかったは病院内のいたいけな少女で、抵抗にあったあげく思わず窒息死させてしまったという。
「まさか、ささやきじゃ」
 涼一郎はニヤリと笑うと、
「ほう、なかなかの名探偵だ」
「美也子さんから、ささやきがロボットに転生したゆくたては聞いた。ただ、その原因が貴宏君だとは……」
「そう。美也子君もそれは知らない。内々の秘密さ。あのロボットがうろちょろすることで、彼への戒めにもなる。それが、ひょんなことから臓器ブローカーの耳に入り、貴宏のやつ、威される羽目にもなった。あいつにして、やったのが『蟻の巣』の少女ならさして問題はなかったんだが。はっは。そう怖い顔をするなよ。もちろん、我々の時代だってコロシに反対する声もある。当然、法律的には犯罪だ。しかし、滅亡に突き進む現代人にとって、コロシこそ人類最後の、そして最高の快楽であり、これを容認することこそ人間解放だという動きがもっぱらなのさ。以前にも話さなかったかな。僕にしても……」
 涼一郎の言葉が途切れ、箸の動きも止まった。胸を朱に染めた美也子の姿が浮かぶ。
 涼一郎は再び口を開くと、
「君、『人工ペニス』なるものを知っているだろう」
「話には」
「なぜ、あんなモノが必要なのか。つまりこの時代、あまねく人類は屍体なのさ。屍体相手に屍体が欲情するはずもない。ただし、それが現実だ。貴宏にしても『人工ペニス』で立ち直った。が、僕はいやだ。自慢ではないが、あんなモノを使ったためしはない。しかし、やはり僕が見ているのは屍体なんだよ。はっは。話が脱線した。
 そう。貴宏のことだ。ちょうど君が冬眠から覚める頃、さっき話した幼馴染の妹に再会したんだ。あいつは、一気に逆上せあがった。僕も散々のろけを聞かされたよ。なんでも、『人工ペニス』でのセックスを拒否し、貴宏のインポテが治るまで我慢すると言ったらしい。あいつ、やけに感動している。僕もその女は知っているが、なかなかの女狐でね。貴宏は目にモノが見えない。恋は盲目というやつかね。だからこそ、《愛の臓器》の移植なんぞを考えつく。しかし、その前に君達の臓器はブローカーに横取りされた。むしろ、よかったと言うべきか。
 実は、これは極秘の情報だが、プロジェクトの一員として君には教えておこう。今日の早朝のことらしいが、君達の《愛の臓器》を移植したカップルが共に発狂して、悶死したということだ。とにかく、稲垣先生の働きで貴宏はおろか我々のプロジェクトとも係りない、実験半ばの人工臓器による拒絶反応という線で一件落着だ。もちろん、貴宏はしばし謹慎。せいぜい頭を冷やすといい。少なくとも、二度と自分のからだに《愛の臓器》を移植しようなんて不料簡は起こさないだろう。ちょうどいい人体実験になったわけだ。さて、そろそろ行くか。そう。面白いところに案内してやるよ」

 二人はエレベーターで一階に降り、電気カーに乗ってビルの谷間をへめぐった。やがて視界がひらけ、陸上競技場やらプールなどの運動施設に混じって、ひときわ大きい、いにしえの武道館にも似た建造物が迫った。とたんに、正面に「通行止」の標識。
「ちくしょう」
 舌打ちいまいましく涼一郎がハンドルを左に切り、件の建造物を右手に見れば、人波垣を作り小旗はためいて、万歳の声かしましい。
「なんの騒ぎだ」
「ふん。あそこは屋内コロシアムだ。ちょうど、《ブルー・サングラス》のお出ましにぶつかった」
 出し抜け数匹のガキが道路を横切れば車は急ブレーキ、ガキどもは構わずコロシアムの方に走り去った。涼一郎は車を路肩に止めると、冬吉に双眼鏡を手渡し、
「見てみるか」
 冬吉がコロシアムを見渡せば、上を下への大騒ぎに黄色い声も混じって、明らかに入院中と思われるパジャマ姿も熱狂的な小躍りの賑わいながら、はて、《ブルー・サングラス》はいずこ。しばしレンズにてまさぐれば、
「や、あれか。あの車椅子」
 そう。コロシアムの入り口にぞろぞろと、青いサングラスをかけた一団が並び、警護いかめしく、手を小刻みに揺すって歓呼に応えているけしきであった。
「君の目には、どう映るかな」
「けっこうな老いぼれ連に見えたが……」
「はっは。注意しておくが、そんなコトを人前では言わないことだ。彼らに年齢はないんだよ」
「似たようなことで、貴宏君からも注意をうけたが。それにしても、あそこで何を見るんだ」
「コロシアムといえば、君、コロシに決まってるじゃないか」
「又、コロシか」
「そう……コロシ。つまりいくさだよ。東軍と西軍に分かれ、血みどろの殺し合いが行なわれる。もちろん、時にはいろいろと趣向も凝らす。この間なんぞは、『青い眼鏡の慈悲』というサブタイトルがついていたよ。『蟻の巣』の失業対策。産業用ロボットに自分達の仕事が奪われたという民の声を聞いて、彼らの生身を機械の一部に組み込み、溶接なんぞにあたらせるのさ。当然、手は焼け、指は飛び下手をすれば命取りになる。その代わり、家族には手当てがでる。《ブルー・サングラス》は涙を流して喜ばれたそうだ。まあ、『イエローカード』のクラスまではコロシアムに入れるが、君のカードでは無理だ。そこで、コロシアムの大衆版を見に行こうとしているのさ」
 止めた車の脇を、《ブルー・サングラス》を称えての帰りらしい小旗を手にした若いカップルが通りかかった。
 その会話に、
「ほんとに《ブルー・サングラス》様ときたらいつもお若くお美しくて、お羨ましいこと」
「全くだ。あの神々しさには身も浄められる。つい、勃起してしまった」
「ふふ、あんた。今夜はいけそうね」
 涼一郎は鼻で笑うと、アクセルを踏んだ。

 車はやがてとあるビルの中に滑り込んで、やはり病院臭の強いフロアから蛇行するエスカレーターに乗って連れてゆかれたところは、クラブ街とでもいうか、涼一郎はその一つの扉を引いてずいと踏み入った。冬吉も従った。かなり広い店内は人いきれで蒸し返ったが、ロココ調のつくりもそう安っぽくは見えない。
 それにしてもボクシング観戦さながらの、このざわめきは何だろう。どうやら、奥の舞台で何やらショーが行なわれているらしい。たっぷりとった広い舞台には鉄格子いかめしく、中では荒っぽい剣舞……いや、めくるめく照明に目を慣らして窺えば、剣をもって打ち合うものらは、はたして人間か。そう。系統樹をぶった切ってでたらめに寄せ集めたとでもいうか、片や牛の頭部に猿の胴体と猛禽類の翼をぶつけ、対するは角の生えた馬の頭部に両棲類の半身と蛇の尻尾を繋いだけしきのはなはだ面妖な怪物。それでも、共に骨格の根本は人間の、背丈こそ侏儒のふぜいながらその両腕はたくましい。しばし死闘ののち馬の頭がめった切りにあい、血煙あげてぶっ倒れれば大きな歓声渦を巻き、サーカスの猛獣使いを思わせる男が鞭をひと振り、勝者勝鬨におたけび勇ましく宙返りで愛敬を振り撒きつつ袖に消え、犠牲者もすみやかに片付けられるさき、いくたりもの係員現れてこなしテキパキと、次ぎなるショーの準備に慌ただしい。
 二人は昂奮さめやらぬ観客を掻き分け、カウンターに席を占めた。バーボンをなめながら涼一郎が感想を求めてきたが、もとより冬吉は動転に、なんとも答える術はない。常識の世ならテレビゲームの怪獣もどきと笑えもするが、もはやこの来世に常識が通じぬことくらい心得ていた。
 涼一郎が、こともなげに説明するには、
「あいつらは、先祖返りしたもの達だ……」
 話は、専門の分子生物学から説き明かされた。一説によると加速のついた地球の環境破壊の結果、これを厭う遺伝子DNAが生きのびるべく取った一つの自動的選択枝とのことである。すなわち、人類が地球をぶち壊す以前の太古に戻ろうとする衝動ながら、窒息状態からの闇雲のあがきゆえ系統樹をまともに遡行できず、とんだモンスターとして産まれるはめになったという。その兆しは前世紀の前半から認められたらしく、獣の牙、一対以上の乳房や尻尾の発現といった畸形の増加から始まり、近年立て続けにかかる異形の出産に至ったという。
「とにかく、生への執着の極端に強い遺伝子のしわざだろう。一方、同じ遺伝子でもペシミストがいてね。つまり、あんな惨めな生よりは死を選ぶと、いっそ潔く、例の《滅亡の遺伝子》として生きのびる道を閉ざしたわけだ……」
 いずれにしても、先のバケモノどもは生への執着故か、知能こそ小学校の低学年以下ながら性欲だけはめっぽう強いという。ただしとんだ慌てもので、野性の本能をつい忘れて産まれてくるせいか、教育しないと交尾はできない。そのくせ、いったん覚えるとのべつ幕なしの、中には自慰で衰弱死するものも多く、目下飼育上の問題点とされているらしい。
「そう。我々の時代、本当の野性は死に絶えたと言っていい。例えば猫。僕の専門から見ても、猫というやつ嫉妬したくなるほどの完成品だ。いや、すでにだったと言うべきか……」
 猫は消えても、続々と産まれる先祖返りのものらの性欲に、子孫繁栄を冀う業突張りどもが着目せぬ法はない。すなわち、これとの混血をもって末流の栄えを期する。我が愛娘の閨に涙を飲んで先祖返りの好色漢を送り込めば、はたせるかな双子、三つ子とここに子孫は授かるかに見えたが、気の狂った退化への衝動がその脳細胞を侵せば、これを血脈とすがるは如何とも心苦しい。せいぜい子飼いの闘技士として正義の旗のもと、かのコロシアムでのいくさに参ずるしか生きる道はない。
「結局は、子孫繁栄の夢やぶれ、『不老不死』への願望のみ高まった。だからといって、人類滅亡を拱手はできない。《プロジェクト・エロス》も捗々しくないと聞く。残るは、我々の《プロジェクト・プシケ》。《愛の臓器》。しかし、僕にはどうしても、もののさとしとしか……」
 押し黙った涼一郎に代わって、あたりに拍手と口笛が轟いた。鉄格子つきの舞台を見れば、厚化粧身の毛がよだつ類人猿の、くんずほぐれつのポルノショーであった。床に横たわった巨根めざして、牝どもがむしゃぶりつく。思わず冬吉が顔をそむけると、涼一郎、ショーもそぞろにぽつんと漏らすには、
「言い忘れていたが、君と美也子君の《愛の臓器》、立派な復元をみた。考えてみれば、当たり前のような……」
 檻の中の黒々とそそり立つ男根は、萎えることを知らぬ『人工ペニス』にも似て、舞台のポルノショーはいつ尽きるとも知れなかった。

 ⇦前へ 続く⇒


この記事が参加している募集

眠れない夜に

貧乏人です。創作費用に充てたいので……よろしくお願いいたします。