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松下幸之助と『経営の技法』#153

7/17 人の昇進に拍手を

~人の昇進や成功に素直な心で拍手を送る。そういう人を適当に処遇しない職場はない。~

 もう一つ、あなたに言っておきたいことがあります。それは、人間としてありがちなことであり、我々日本人にも感じられることですが、お互いに、いかにも肚が小さいのではないか、ということです。例えば、同じ職場の同期生のうち誰かが昇進すると、それを嫉妬する、そしてひがむということが少なくない。また反対に、失敗があると、かげで喜ぶという心の貧困な風景もあるようです。
 そういう妬み、ひがみ、心の貧困さでは、それこそ昇進させるに不足な人間なのです。人間ができていない、練れていないことを公表しているようなものだと思います。
 人の昇進や成功に拍手を送る素直な心をもち、日々の仕事に命懸けで打ちこむなら、そういう人に適当な処遇をしない職場は、まずないであろうというのが、私の考えです。
(出展:『運命を生かす』~[改訂新版]松下幸之助 成功の金言365~/松下幸之助[著]/PHP研究所[編刊]/2018年9月)

1.内部統制(下の正三角形)の問題
 まず、社長が率いる会社の内部の問題から考えましょう。
「妬み、ひがみ、心の貧困さ」の問題は相当に根深く、よく言えば平等に処遇することで、従業員は安心して会社に貢献しますので、大きな処遇格差もなく、つまり、同期入社の友達が、自分と大して給料かわらないけど、出世して社長になったんだ、という気持ちを上手に育てながら、従業員を処遇してきました。逆に言うと、長期雇用を前提とする会社では、出世しても大して処遇が良くなるわけではありません。一見、立派に見えても、それは会社のお金で賄われる社用車や接待交際費が豊富なだけで、自分が実際に手にする給与は、特に欧米の経営者に比べれば、大したことがないのです。
 つまり、「妬み、ひがみ、心の貧困さ」が顕在化して従業員のモチベーションが削がれないようにし、むしろこれを逆手にとって、自分も(比較的)平等に処遇されているという満足感をモチベーションやロイヤリティーに転換するようなシステムが、日本の終身雇用制モデルです。
 けれども、このモデルも万能ではなく、たしかに金銭面での差はあまりつきませんが、その分、肩書や与えられる権限の違いは、どうしても付いてしまいます。すなわち、多少能力が低くても、長く雇ってもらえて、そこそこの給料がもらえる、という制度に満足できない人は、肩書や権限の違いに対して「妬み、ひがみ、心の貧困さ」を向けてしまうのです。
 どっちにしろ不満を持たれるのであれば、いっそのこと金銭的な処遇や、雇用期間の長さ(つまり、能力が低い人を抱え込まずに、会社を去ってもらう)について、能力に応じた処遇をしたらどうだ、という開き直りの発想が出るのは当然です。実際、日本の長期雇用制度の崩壊が始まった背景には、このような開き直り(つまり、「やってられるか」という経営者側の意識)も含まれています。
 このような、松下幸之助氏以降の動きを理解してから、松下幸之助氏の言葉を振り返ると、長期雇用で生活を守ってあげているんだから、肩書や権限の違いぐらい、素直に受け入れて欲しい、という経営者の心の叫びが聞こえてくるようです。
 あるいは、人事制度や運用を多少いじったところで、従業員の処遇を全く同一にすることは不可能であり、不満を根絶することはできないことから、最後の不満については、友人の出世を祝ってやってくれないか、とお願いするしか有効な対策が考えられないのでしょう。

2.ガバナンス(上の逆三角形)の問題
 次に、ガバナンス上の問題を検討しましょう。
 投資家である株主と経営者の関係で見た場合、本来経営者は、経営のプロとして株主に雇われるもので、適材適所で選ばれるべきです。危険も大きく、その分、高給取りです。そのため、危険な仕事をわざわざ引き受けるんだから、高給であることも当然と周囲は受け止めますし、むしろ、危険な仕事に取り組む勇気や社会的意義が称賛されます。従業員から見ても、従業員や地域経済のために大きな責任を背負って、リーダシップの発揮が期待される経営者に対し、期待と尊敬を抱くからこそ、リーダーとして認め、ついていこうと考えるのです。
 ところが、終身雇用制の下での経営者は、社内での競争で勝ち上ってきた者で、いつ「妬み、ひがみ、心の貧困さ」によって攻撃され、足元が掬われるのかわかりません。リーダーシップを発揮する、というよりは、社内の色々な意見を調整し、顔色をうかがうタイプが多くなるのです。
 このことが、経営者のリーダーシップ不足の原因となり、特に変革が求められる状況での変化を阻害する原因となります。
 松下幸之助氏は、「妬み、ひがみ、心の貧困さ」を会社内部の問題として論じていますが、ガバナンスや会社経営上の問題としても、日本の会社に大きな影響を与えているのです。

3.おわりに
 最近は、この「妬み、ひがみ、心の貧困さ」も、かなり小さくなってきたように思われます。これは、一面で皆がそこそこ豊かになったから、ということが原因のようにも見えますが、他面で「格差社会」と言われるように、平等な処遇を求めても無駄、というあきらめが広がったことが原因のようにも見えます。
 社会状況の変化は、様々なルールや制度に影響を与えますので、今後の会社経営やリスク管理の在り方を考えるためにも、非常に興味深いテーマなのですが、この「妬み、ひがみ、心の貧困さ」の問題は、何を背景にどのように変わっていくのでしょうか。
 どう思いますか?

※ 『経営の技法』の観点から、一日一言、日めくりカレンダーのように松下幸之助氏の言葉を読み解きながら、『法と経営学』を学びます。
 冒頭の松下幸之助氏の言葉の引用は、①『運命を生かす』から忠実に引用して出展を明示すること、②引用以外の部分が質量共にこの記事の主要な要素であること、③芦原一郎が一切の文責を負うこと、を条件に了解いただきました。


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