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松下幸之助と『経営の技法』#155

7/19 自分をさらけ出す

~いつの場合でも、自分をさらけ出し、真剣にほめる。真剣に叱る。~

 私は、いつの場合でも極めて真剣でした。失敗すれば血が出るわけで、毎日毎日必死で仕事をしていましたから、ほめるのも叱るのもとにかく真剣で、自分というものをそのままさらけ出していました。自分というものを化粧せずに、社員とじかに接してきたということがいえると思います。そうすることで私という人間がどういうものであるかを、社員の人がつかみやすいかったでしょうし、そういう過程を通じて、多くの人が私を助けてやろうという気にもなってくれたのではないかという気がしています。
(出展:『運命を生かす』~[改訂新版]松下幸之助 成功の金言365~/松下幸之助[著]/PHP研究所[編刊]/2018年9月)

1.ガバナンス(上の逆三角形)の問題
 いつもと順番が逆ですが、まず、ガバナンス上の問題を検討しましょう。
 投資家である株主と経営者の関係で見た場合、注目されるのが、松下幸之助氏がいつも真剣だった理由が、「失敗すれば血が出る」と説明している点です。
 自分の会社だから、という見方もできるでしょうが、もう一つの見方は、株主や社会に対する責任、という見方もできます。それは、経営者は稼ぐことで株主や社会、国家、従業員に貢献する、ということを繰り返し説いている松下幸之助氏の他の話と一貫するからです。
 この意味ですが、経営者の負う「忠実義務」を表しているように見えます。
 すなわち、上図のスペイン国王に対し、コロンブスは忠誠を誓います。具体的には、イギリスのインド航路への対抗力を手に入れたいスペイン国王は、西回りでインドに辿り着くというコロンブスに賭けることにした(投資することにした)のですが、いざ、コロンブスが西回りのインド航路を見つけたときに、報酬が沢山もらえるからとイギリスに向かってしまい、スペインに帰ってこないことがとても心配になるはずです。
 この状況をコロンブスの立場から見てみると、コロンブスに、①(きっと)スペイン国王よりもイギリス国王の方が沢山ご褒美をくれるだろう、という自分の利益と、②(確実に)自分がスペインに帰るとスペイン国王は莫大な利益を得るだろうし、それを前提に、自分に投資してくれたし、自分もスペインに帰ると約束した、という立場と、この①②の板挟みになります。凡人であれば、当然①を選ぶでしょうが、ここでスペイン国王は、コロンブスが②を選ぶと信じたから投資ができました。スペイン国王は何度も念押ししたはずですし、コロンブスもこれを何度も誓ったはずです。
 このように、コロンブスの立場から見て、①よりも②を優先するというのが、いわゆる騎士道精神につながる宗教的・倫理的な責任感であり、現在の会社法制度では、「忠実義務」「fiduciary duty」となります。単に言われたことをやり遂げる、という義務ではなく、①よりも②を優先する、という自己犠牲の義務です。経営者が、会社のお金をくすねてしまうこと(横領)や、会社の大事な取引先を自分が別に経営する会社の取引先にしてしまうこと(競業避止義務違反、利益相反行為)は、言語道断なのです。
 このような経営者の置かれた立場から見ると、松下幸之助氏の「失敗すれば血が出る」という言葉は、松下幸之助氏が(少なくとも)株主に対して自己犠牲の意識を負っていた、それだけ騎士道に通じる責任感が強かった、という理解ができるのではないか、と思えるのです。

2.内部統制(下の正三角形)の問題
 次に、社長が率いる会社の内部の問題を考えましょう。
 さて、神にも誓った約束ですから、何が何でもスペインに帰ると燃えているコロンブスだったとしましょう(本当のところは知りませんが)。けれども、潮の流れを航海士が読み間違い、このままでは北にずれてしまってイギリスに到着しそうです。さて大変です。神にも誓った約束を破ることになりかねません。
 ここで、航海士や船乗りたちに、スペインに向けて舵を切るように指示するコロンブスにも、いろいろなコロンブスがあります。
 例えば、理詰めで説得するコロンブスがいるでしょう。ここで、イギリスに行って大歓迎されたとしても、我々は結局、約束を守らない裏切り者だ、という評判も付いて回るので、そのあとが大変だ。きっと寂しくて辛い時期を過ごすことになる、だからスペインへ行こう、と説得するのです。
 また例えば、本音で説得するコロンブスが要るでしょう。スペインに帰ると神に誓ったことを忘れたのか!ここでイギリスに行くことは、スペイン国王だけでなく、神に対しても裏切ることになるんだ!インド(実はアメリカ)を発見した我々の名誉は、全て地に落ちてしまい、全く無意味なものになるんだぞ!と鼓舞するのです。
 極端に見た場合、松下幸之助氏は、後者です。
 問題は、この方法を氏が推奨する理由です。
 氏は、自分をさらけ出すことで従業員も自分のことを理解してくれたうえに、助ける気になった、と説明しています。確かに、駆け引きが得意な人や、ミステリアスな雰囲気で神秘性や権威を高めて言うことを聞かせるのが得意な人もいるでしょう。
 けれども、松下幸之助氏は、様々な機会に従業員の自主性を高めるように説いています。
 その観点から見た場合、従業員が自分の判断でリーダーに付いていこうと判断することが重要になってきます。そうすると、駆け引きや神秘性、権威などで、何となく付いていこうという気分にさせられてしまうよりも、リーダーを知り、自分とリーダーの距離感や関係性を理解し、自分の判断でリーダーに付いていこうと決断する方が好ましい手法、ということになります。
 もちろん、松下幸之助氏自身のキャラクターの問題もありますし、むしろそちらの方が問題の出発点かもしれません。けれどもこのように見れば、従業員の自主性を育てるべし、ということと、叱るときやほめるときには自分をさらけ出そう、ということは、一貫している、というように思われます。

3.おわりに
 最近の管理職者の悩みとして、若手従業員の感覚がわからない、というボヤキがよく聞かれます。他方、例えば社員旅行や社員運動会が若者に好評である、という事例も、(まだ少数派なのでしょうが)聞かれるようになりました。
 仲間と本音で触れ合うことは、実は、世代を超えて重要なコミュニケーションなのかもしれません。
 どう思いますか?

※ 『経営の技法』の観点から、一日一言、日めくりカレンダーのように松下幸之助氏の言葉を読み解きながら、『法と経営学』を学びます。
 冒頭の松下幸之助氏の言葉の引用は、①『運命を生かす』から忠実に引用して出展を明示すること、②引用以外の部分が質量共にこの記事の主要な要素であること、③芦原一郎が一切の文責を負うこと、を条件に了解いただきました。


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