ショートショート『リアルは何処にある?』
ぼくは、故郷の海の岸壁から飛び降りた。もちろん覚悟の死だった。死に際のさい、いままで生きてきた人生を走馬燈のように思い出すと、なにかの本で読んだことがあったがほんとうだったようだ。
子供の頃からいわれなきいじめをうけ、病弱で学校も休みがちで勉強も遅れ気味。大人になってもまるで女性には人気がなく、貧しくひとり孤独な人生だった。先日のことだった。三十一歳の誕生日に、たまたま立ち寄った書店で殺人事件が起きた。偶然、現場にいたという目撃証言があったため、ぼくが犯人だと疑われ、警察で参考人として調べられてきた帰りだった。もうこんな人生は終わりにしようと決めたのだ。
水面に落ちた瞬間、激痛と息苦しさのショックのあと、まるで夢からさめるような感覚で目をあけた。色とりどりの花畑がぼんやりとみえてきた。これがあの世なのだろうか。
「ゲームオーバー!」
女性のかん高い声が聞こえた。
目をこらしてみると、まばゆい光に包まれている女性がみえてきた。十代の女の子くらいの、どこかでみたことがあるような可愛い少女だった。
彼女はグレイの制服のようなものを着て、海原を絨毯のように敷いていた。背後にみえるのは、寄せては引いていく波だ。まるで海をまとっている女の子のようだ。手には小さな灯台のような形の機器を持っている。そして、彼女のまわりに広がる光景は、無数の色の虹の輪が天空を乱舞している風景だった。
「ここはあの世なんでしょうか?」
「あなた、私のパートナーだったのだから、他人行儀にしなくていいのよ。まあ、いままであなたがいた世界ではないわね。ここはほんとうの、魂だけの世界。まだゲームが終わったばかりだから、落ち着いてきたらしだいに記憶が戻ってくるはずよ」
ほんとうの世界とはどういう意味だろう。ここはいわゆる霊界というところではないのだろうか。とにかく、ぼくは横たわり目をつぶると、心に幾何学模様が浮かび、ぼくの記憶を呼び起こしていった。そうなのだ。ぼくはこの世界の住人だった。
彼女の姿もリアルにみえてきた。海原にみえていたものは海の絵柄の絨毯で、ここは白と黒のシンプルな壁と部屋だった。透明な机にはゲーム機らしきものが置かれ、モニターが空間に浮かんでいた。
「どうやら思い出したみたいね」
彼女は微笑んでいた。髪の毛はみているあいだにも変化して、さまざまなヘアスタイルへと変化していた。顔もヘアスタイルにあわせていろいろな人の顔になっていくのだ。
「でも、顔が変化するのは思い出せないな」
「あなたがゲームをしているあいだに、顔を変化させることがブームになっているの。私たち、世界の風景も自分たちの姿も自在に変化させられるの時代よ」
ぼくたちは、ヴァーチャル・リアリティー、仮想世界を創りだし、その世界で生活し、さまざまな体験をするというゲームをはじめたのだった。そのことを知っているとゲーム自体がつまらなくなるので、ゲームを開始する直前に、この世界での記憶を一時凍結してしまうのだ。
「で、人生ゲームは楽しめた?」
彼女が微笑みながら訊いてきた。
「う~ん、外からみているよりかなりしんどかったね。あちらの世界でも映画やドラマを楽しんでいたけど、実際に体験すると、ほんと逃げ出したくなるよ」
ぼくは改めてこの世界を眺めた。そして、ふと、ひとつの淡い疑問がわいてきた。
「あのさ。この世界も誰かが創ったんじゃないかな。もしくは、ぼくの夢のなかだとかさ」
「あら、気づいちゃった?」
彼女はいたずらっ子のような顔をして、微笑みながら消えると、暗闇から彼女の声が聞こえてきた。
「釈尊もいわれていたでしょう? すべては空なり、すべてはゲーム、映画、そして仮想現実のようなものなのよ」
(fin)
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