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ショートショート『ライフブック』

いつも立ち寄っている書店で、小説の本を棚から取ろうとしたさい、一冊の本が棚から落ちた。ひろいあげてみると、『ライフブック』という題名の本だった。装丁はハードカバーで、虹を思わせる七色のなかに白い文字の題名が静かに浮かんでいた。大きさは文庫本のようにも、大きな辞典の本みたいにもみえた。

パラパラとページをめくると、驚いたことにぼくと里穂の名前がでてきた。文字は印刷されたものではなく、ぼくの手書きの文字によく似ていた。印刷された文字よりも力強く、しっとりと心に沁みてくる。

物語は、ぼくが産まれてから二十歳の頃に里穂と出会い、それから数年間のさまざまな出来事のさまがそのままに綴られていた。一人称の語り口でぼくから見て感じた事柄だけが書かれていた。そして最後のページには、誤解されたまま連絡をとるにとれない今の状況を描いたままで終わっていた。つぎのページからは白紙のページが数十ページ続き、本を閉じたとたん目が覚めた。不思議な夢だった。

今日は休日。いつもなら里穂と会って食事をしたりして楽しむ時間なのだが、しばらく携帯電話やLINEもできずにいた。しかし、妙な夢をみたせいか、どうしても里穂と話がしたくなり、携帯電話をかけた。しかし、なんど電話をかけても話し中でつながらない。いったい誰と長電話をしているんだろう。
 
仕方なく、電話してほしいと、LINEで送信をした。するとすぐに里穂から携帯電話がかかってきた。

「隆志、いままでなんども電話したのに、つながらなかったけど、誰と話していたの?」 
少しイライラした里穂の声でも、久しぶりに里穂の声を聞いて嬉しくなり、そしてほっともした。

「ぼくもずっと里穂に電話していたんだ」

「そうかぁ、笑っちゃうね。おたがい同時に電話をかけあっていたんだね」

携帯電話から、里穂の笑い声が聞こえてきた。ぼくも笑いをかみしめていた。それから里穂がぼくの部屋に久しぶりにやってきた。

「ところで里穂、不思議な夢をみたんだ」

「私も。私が産まれたときから隆志と出会って今に到るまでの本を読んでる夢でね、まるで私の書いた日記を読んでるみたいだったの」

「本当かい? ぼくもおなじような夢でさ」

「ええっ本当?! でも、まえにもなんどか似たような夢をみたことあったよね」

「でさ、ふたりの物語も会えなくなったところで終わっていてね、あとは白いページだったんだよ」

「私もおなじなの、本当に不思議ね。きっと白いページはさあ、あとはふたりで物語の続きを書きなさいということかもね。本を読んでたら、隆志は私にとってとても大切な人なんだと思いなおしていたのよ……」

胸のわだかまりが、いちどに溶けてゆく。

「ぼくもおなじ気持ちになったよ……。ところで、里穂なら、白いページの最初になんて書く?」

「教えない。そうだ、空間に本があるって想像して、指で書いてみるわ」

里穂は空間のなかに指でなにかをなぞった。すると突然ぼくのまぶたが閉じてきた。

「あら、ほんとに目を閉じたわ。よし、今度はと」

「世界で愛しているのは里穂だけだよ」

言葉がすらすらと口からでてしまった。

「えへ、嬉しいな」

「なんて書いたのさ」

「隆志が本当は私のことをどう思っているの? って書いたのよ」

          (fin)

※トップ画像のクリエイターさま「K」さまです。
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