見出し画像

2023年10月読書記録 海外文学篇 二十世紀の二巨匠など

 どこも人手不足なのか、夫の転勤先の部屋も決めてから一ヶ月近く入居できませんでした(室内清掃等の人手がないらしい)。ということで、いまだにバタバタしています。でも、落ち着くまで私の仕事はお休み、それに転勤先の家にはパソコンやテレビがないので、ゆっくり読書ができました(向こうとこっちを行ったり来たりの生活です)。今回は、先月読んだ本のうち、海外の小説について書いてみます。

トニ・モリスン『ビラヴド』(吉田廸子訳・早川epi文庫)

 南北戦争前後が舞台。奴隷だったアフリカ系の人たちの物語です。
 先日、ある方へのコメントに「第二次世界大戦の話からは目を背けてしまう」と書きました。フィクション、ノンフィクションどちらも苦手。私の親族は戦争には行っていないのですが(父方の祖父は徴兵年齢だったが、極度の近視のため出征せず)、それでも我が事のように思えて、目を背けたくなってしまうのです。
 アメリカ人も(欧米系とアフリカ系の人たち)奴隷制度についての話は避けがちなのではないでしょうか。
 あまりにも悲惨な過去を描く時のアプローチとして、その中でもヒューマニズムを忘れなかった人を登場させることもあります。奴隷制だと、映画の『それでも夜は明ける』や『ジャンゴ 繋がれざる者』など。ジャンゴに登場する元歯医者さんなんて(クリストフ・ヴァルツ)、それまで儲けのことばかり言っていた彼がやむに止まれず行動するシーンが素晴らしすぎて、悲惨な話なのに、あたたかい印象が残っています(そう感じる人が多いのか、ヴァルツは二度目のアカデミー賞を獲得しています)。
 モリスンのアプローチは、物語に神話的な色彩を与えることでした。先日感想文を半分書いた村上春樹さんの『海辺のカフカ』と似たアプローチとも言えそうです。同じ題材をリアリズム手法で書いた作品だと、あまりにも残酷な話が続くので、かえって内容が頭に入ってこなかったと思います。神話的な色彩を帯びることで、登場人物たちの物語は個人的な話でありながら、アメリカのアフリカ系の人たち全体の話としても読むことができます。彼らの過去、彼らの歴史。この先、彼らがたどる道筋。そうしたことにも思いを馳せることができました。
 モリスンの先祖たちが経験した過去を書くためには、マジックリアリズム的な手法を取るしかなかったのだ、と感じる小説でした。


ガルシア=マルケス『全短編集』

 マルケスの短編は全集で持っているのに、「もっと手軽に読めるように電子版も欲しい」と考えて『ガルシア=マルケス中短編傑作集』を買いました。全集は重い単行本なので、電車の中やソファで寝転びながら読むのには向かないんですよね(この二つが私の主な読書スタイル)。でも、傑作集だけでは物足りなくなり、結局この『全短編集』を買うことに。「全短編」といっても、編まれたのが前世紀なので、最後の短編集の作品は入っていないのですが…。
 という具合に、作品によっては三度も買ったことになりますが、問題なし。とにかく面白くて、没入してしまう話ばかりなので。筒井康隆さんの評「やるせなさの文学」という言葉がぴったりの物悲しく、厳しい話が続くのに、読んでいる時はマルケスの世界が私の世界になります。私は、読書に優劣をつけるのが嫌いで、自分の好きな作品を読めばいいと思っていますが、ガルシア=マルケスだけは、同じ時代を生きたのに、読まないのがもったいない作家ですよと言いたいです。日本の作家だと、村上春樹さんや大江健三郎さん、中上健次さんの小説が好きな方には特におすすめしたいです。


マイクル・コナリー『ダーク・アワーズ』(古沢嘉通訳・講談社文庫)

 一時は海外ミステリーばかり読んでいたのですが、今も追っているのはコナリーの作品だけです。
 シリーズのどの作品もハズレがないし、アメリカの今がわかる点もいいです。アメリカでは、警官と一部の市民の対立が激化していますが、市民からの風当たりが強くなると、警官のやる気も削がれ、それがまた批判の材料になるという悪循環に陥っているのがよくわかります。
 そんな逆風の中でも、この小説の主人公、ハリー・ボッシュとレネイ・バラードは己の信じる道を突き進みます。正直なところ、彼らの激烈な働きぶりは現代の価値観とは相入れないものだという気もしますが、彼らのようなワーカホリックな人たちのおかげで、この世は何とか回っているのかもしれません(とワーカホリックな夫を持つ私は思うのでした)。

プルースト『失われた時を求めて9 逃げ去る女』(井上究一郎訳)

 この小説は高校生の時にも読んだのですが、ただ文字を追っただけだった気がします。完読が目標だったので、内容をあまり理解できていなかった。なので、『失われた時を求めて』というと、フランス文学らしく、綺麗で、幻想的で、繊細な小説だと思い込んでいたんですね。この小説にそういう面があるのは間違いないですが、一方では、辛辣で皮肉な描写も多い。特に、8巻の「囚われの女」からは人に対する辛辣な描写が目立ちます。
 これは、8巻目の途中からは完成稿ではないためかもしれません。改稿の途中でプルーストが死んでしまったので。完成稿ではないので、話がつながっていない部分もあるし、プルーストらしさが少ない気もしますが、かえって読みやすいかも。普通の小説に近いので。光文社古典新訳文庫では、「逃げさる女」の別バージョンである「消え去ったアルベルチーヌ」だけが独立して訳されています。『失われた時を求めて』を読んでみようかなと思う方は、まず「消え去った〜」を試してみるのもいいかもしれません。多分、1巻から読むよりも入りやすいです。


この記事が参加している募集

読書感想文

海外文学のススメ

読んでくださってありがとうございます。コメントや感想をいただけると嬉しいです。