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2023年4月 読書記録 白樺派、芥川の親友たち

プルースト『失われた時を求めて5 ゲルマントのほう2』(井上究一郎訳・グーテンベルク21)

 光文社版の翻訳が途中でとまっているので、グーテンベルク21版で読むことにしました。多分、学生時代に読んだ訳。明治生まれの人の訳は避けたいと思っているのだけど(できれば戦後生まれの人がいいけど、そうも言っていられない)、この訳は悪くない。貴族の(フランスでは廃止されているが、旧王族を含めて爵位で呼ばれている)サロンでの会話が延々と描写されます。軽薄で偽善に満ちたサロンの様子はよくわかるけど、いくら何でも長すぎるなー。私自身、京都の名家の子どもが集まる学校に通っていたので、彼らの闇も魅力もある程度は理解しているつもりです。時代や国が違っても、生まれついてのお金持ちの性質はあまり変わらないですね。


『今昔物語集』(大岡玲訳・光文社古典新訳文庫)

 平安時代末期に編まれた『今昔物語集』の中から91篇を抜粋したもの。芥川龍之介の小説の元ネタになっている話が有名ですが、谷崎潤一郎の『少将滋幹の母』に引用されている話が面白かったので、この抜粋版を購入してみました。
 男女関係についての話は今と同じ感覚で読めるのに(明治時代の文学より今に近いぐらい)、武士や僧侶についての話は、今私たちが思い描く彼らの像とは全く違う姿が書かれています。異形の者たちの存在感といい、当時の人たちが私たちとは全く違う空間に生きていたことがわかります(それなのに、男女の話があまりにも身近に感じられるのが不思議です)。
 芥川作品の元ネタを読むと、同じ話を芥川がどうさばいているかわかって興味深かったです。


フローベール『三つの物語』(谷口亜沙子訳・光文社古典新訳文庫)

 村上春樹さんがフランスの国民作家として、バルザックと並んでフローベールを挙げていたので、この短編集を読み直してみました。フローベールの小説は他にも『ボヴァリー夫人』と『感情教育』も読んでいるので、苦手なわけではないのですが、割とこぢんまりとした作風という印象があって。
 読み直してみると、三つの短編はどれも全く違う雰囲気で、どれも面白い。畳みかけるような描写力が長編にもあったかどうか思い出せないので、次は『感情教育』を読み直したいです。



 青空文庫では白樺派の有島武郎を二作、新現実派の菊池寛と久米正雄の作品を何作か、それに葛西善蔵の『子をつれて』を読みました。

有島武郎『カインの末裔』

 先に読んだ『或る女』とは全くタイプが違う作品でした。裕福な家の出だった有島が、どんな意図でこの小説を書いたのか…。主人公を旧約聖書のカインに比しているのだとしたら、かなり上から目線かも。しかし、自分がそんな生活を送ったわけでもないのに、貧しい主人公の中側に入り込んだような描写力がすごい。人物の客観的な描写力では、今まで読んだ明治・大正期の作家の中でも頭一つ抜けているのでは。


有島武郎『生まれ出る悩み』

 家族を支える漁師としての生活と、絵を描きたい気持ちの間で悩む主人公。これまた、漁師の暮らしなど、有島が漁師をやっていたのか? と思ってしまうリアルさ。
 主人公とは別に書き手(作者自身?)がいて、友達の生活や心情を想像して書いている…なので、主人公は「ぼく」や「彼」ではなく、「君」と呼ばれています。どうしてそんな書き方にしたのか謎ですが、今となっては実験小説のようで、形式的にも面白く読める作品でした。


菊池寛『無名作家の日記』『忠直卿行状記』『真珠夫人』など

 再読も含めて菊池寛の小説をいくつか読んでみました。さくさく読めて、どれも面白いです。気分転換におすすめ。ウィキには『真珠夫人』がヒットして以降通俗小説を書くようになったとありますが、それ以前の小説も十分エンタメっぽい。菊池寛自身が常識人なんでしょうね。松平忠直のような狂気の人を書いても、気楽に読める小説になってしまう。
 『無名作家の日記』には芥川龍之介を戯画化した人が出てきます。これだけ嫌みな奴(でも、感服せずにはおれない奴)に書いても友達を続けられたなんて、本当の友情があったんでしょうね。
 『真珠夫人』は昔昼ドラでやっていたのとはずいぶん筋が違う(観ていないけど)。最初の部分がバルザックの短編『ことづて』のほぼ盗作なので驚いたけど、戦前はそんなものだったのかな(江戸川乱歩の小説にも、海外ミステリの筋を丸ごともらったものがある)。『真珠夫人』は、『或る女』を通俗小説にした感じ。男社会に反旗を翻した女の運命は哀しい。どちらもモデルとされる女性は幸せになっているのに。そして、どちらも作者はその女性に百%批判的というわけでもないのに、小説の結末としては悲劇にしなければならなかったのか…。

久米正雄『受験生の手記』

 去年、漱石記念館で芥川龍之介の手紙を読んだ時、久米正雄との絆が印象的だったので、彼の小説を読んでみました。
 『受験生の手記』は一高(今の東大教養部)の試験に落ちて、浪人している青年の思いが綴られた物語です(久米は推薦で合格しているので、本人の話ではありません)。受験なんて大昔の話で、しかも浪人してもいない私でも、読んでいて気が滅入ってきました。プレッシャーと焦り。一浪の人たちが大人っぽく見えてうらやましかったですが、今思えば険しい道を経てきたからこそのあの落ち着きだったんでしょうね。
 英語の試験でpromotionというキーになる単語がわからずにその設問が全滅したという話も、友達の経験とそっくり。受験について書かれた部分だけは、百年前の話とは思えないほど臨場感がありました。


久米正雄『父の死』

  小説ではなく、随筆です。久米正雄のお父さんは小学校の校長先生だったのですが、失火により学校の御真影を焼いてしまったことを気に病んで割腹自殺を遂げます。火事が起きる前の父との思い出、切腹した父を褒める人たち、お葬式の華やかさとそれを誇らしく思う少年の心のはずみ。人により、受け止め方は様々でしょうが、この国でこんなことがあったのだと胸を衝かれる思いでした。文学とは関係なく、目を通していただきたい作品です。

葛西善蔵『子をつれて』

 葛西善蔵は、広津和郎や宇野浩二らとともに奇跡派と呼ばれる私小説系の作家だそうです。「私小説の神様」と呼ばれたそうですが、ただただ生活力がなく、そのことをそのまま書いただけの小説にしか思えない…。ウィキに出ている正宗白鳥の評。「『葛西善蔵全集』を披いて、幾つかの短篇を続けて読んで、私はウンザリした。「暗鬱、孤独、貧乏」の生活記録の繰り返しであって、それが外形的にも思想的にも単調を極めてある。(中略)氏の創作力の貧しさに、私は驚いた。」この人の小説は何なんだと感じていたので、この評を見つけてほっとしました(こう書きながら、葛西の後継者である嘉村礒多の小説をこれから読もうとしている物好きな奴)。



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