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母になるあなたへ

「友人が結婚して、妊娠したこと」

最近年を取ったなあと感じることは?と聞かれて真っ先にそう答えた。最近印象的だったことは?と聞かれた時にもそう答えた。

自分の体の老いなんかはもうとうに前から分かっていて、微調整をしていたから余計なのかもしれない。

もう、28にもなってしまった。

小さい頃から20ぐらいで死ぬと思っていて、20を過ぎてからはいつ死んでもいいようなことと後半からはその過程でご迷惑をおかけした方にお詫びの気持ちも込めて人生に向き合ってきた。「ヤンキー母校にかえる」的な、大枠は私の人生はそんな感じだなあと思う。

今度母になるという友人に会ってきた。自分の親子関係がうまくいかなかったから、私はどんな親になればいいかなあという口をすぼめた不安そうな顔が印象的だった。私が仕事柄あったことのあるお母さんの話を教えてほしいというから、彼女に話しているうちに私がめちゃくちゃに泣いた。マタニティブルーもびっくりの展開だ。

この時ばかりは自分の涙の空気の読めなさに絶望する所だったのだけれど、私の数々の学生時代の大号泣やらかし事件を覚えていてか知らずか彼女はスルーしてくれた。申し訳ない。

私が彼女にしたお母さんの話は確か2つで、1つは前の記事に書いた話。私の母と生徒のお母さんによる「お母さんはなんで私を産んだの?」に答える話。涙ながらに「だからあなたは大丈夫だよお」と語っていたのでニュアンスはだいぶ違うかもしれないけれど。

それから、2つ目は教育業界の人間はその結婚・子どもの有無にかかわらず、意外とちゃんと育てている人のことが分かるから、そういう人に頼るといいよという話。

私が1年目の時、切羽詰まった子どもの親に「結婚もしていない、子どももいないあんたに何が分かるっていうのよ」と叩かれた話がベースにある。このお母さんは見かけ年齢35ぐらいの私に言っているつもりだと思うけど、まだ24だから勘弁してくれ。入りたてやぞ。と思いながら、その時の私は親の不安は子どもにもうつるし、逆もまたしかりだなと思った。そして激怒する親の前でわんわん泣いた。プロとしては最悪だと今考えても思うが、その時の私には泣いて謝るよりほかなかったのだ。

今の文脈では何だかモンスターペアレンツに激怒する側面だけ取られかねないから、ちゃんと言葉にしておくと、そんな人たちがいることも分かったうえで私たちは仕事をしていて、親に不安があることも重々承知の上で私たちは日々子どもたちに向き合っている。

親の仕草や考えを鏡にしたような場合も多いから、日々向き合っていれば家庭の状況は手に取るようにわかる。

だから、子どもを通して親としての貴方を理解してくれる人が家庭の外にいると思うことで安心できるんじゃないかなという話をした。

勿論個体の能力の差はあるから、すべての人が家庭を把握出来るわけじゃないし、強制はしないで欲しいんだけどねと付け加えておいた。それから私は貴方の友人のましろで、教育の仕事の顔は半分ぐらいだから、絶対に味方だし、時に味方をしてしまうから、子にとっても親にとっても良い保育・教育の人と出会えるといいねということも言ったと思う。

はじめて身近な人が妊娠・出産するのでこれでいいのか正直分からないところもあるが、今回はそれも含めての記録とする。

この話をしたのが5月。7月にあった時にはいつ産まれてもおかしくないといっていたから、まだ見ぬお子さんが無事にこの世に生を受けられるよう、遠くからあなたにエールを送っている。

グミを食べながら書いています。書くことを続けるためのグミ代に使わせていただきます。