いっかいやすんだら?
と、電話で言われたのが2日前。大泣きしながら「何も楽しくない」「毎日苦しい」「山に篭りたい」などと言い続けるわたしに、パートナーがぽそっとかけてくれた。
それが欲しくて電話したのかもしれない。ずっと、誰かにそう言ってほしかったのかもしれない。いつもより優しい声が寒い日の豚汁みたいに沁みた。
会社には休職という手段があるけれど、フリーランスには無いと思いがち。福利厚生は自分で作らなければいけないので、休むかどうかはわたしの手のなかにある。あるんだけど、無いように感じてしまう。
だって、高熱が出たわけでもないのに。ベッドから動けないわけでもないのに。どこから休んでいいんだろう、どこから許可を出していいんだろう。
胃が荒れていて喉の奥に胃酸の味がする。変なものを食べたわけでもないのに吐き気や下痢が続く。これは休む理由に入るだろうか。
ふと、大学時代付き合っていたひとに看病を頼んだ記憶が蘇る。39度の高熱が出て寝込んでいるわたしと、バスですぐのところにいるそのひと。
冷蔵庫に何にもないうえに、久しぶりの高熱で死んでしまうんじゃないかと心細かったわたしは、ポカリとウイダーインゼリーを買ってきてほしいとLINEした。
その数分後、断られる気が一切無かったわたしは大きなショックを受けることになる。自分で生活できているみたいだから、大丈夫と言われたのだ。
自分でトイレも行けないぐらいの状態だったら、お前じゃなくて救急車呼んでるわ!とゆらゆら揺れる視界のなか痛烈な批判を投げつけたくなったのを覚えている。結局、すっかり治るまで会うことは無かった。
他にもいろんなことがあり、わたしには「こんなことじゃ休めないんだろうか」「この状態で助けを求めるのは甘えなのか」という気持ちが芽生えることが多い。
相当ショックだったんだと思う。あんなに苦しくても助けてもらえないのかと絶望したし、どこからSOSを出していいのかわからなくなってしまった。
今回の不調は、できることなら一ヶ月まるまる全ての場から消えてしまいたいと思うぐらいの大きなもので。ここで全部手放して休みたいわたしと、休み休み活動して足跡を残し続けたいわたしの声を今も聞き続けている。
休職、かあ。このまま予定通りに進めば、8月は一ヶ月夏休みにしたいかもしれない。そこからまた働きたいと思うのかどうかは、そのときになってから考えればいい。
そのぐらいの気持ちでいるのが、ちょうどいいのかもしれない。「はたらく」との距離に悩み続けているわたしの、大きな一歩がここにある。
本当はいつでも休めるんだから、休みたいときに休めばいいんだよ、ともう一度自分に伝えながら。今日もゆっくり休みます。おやすみなさい。
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