超短編小説:ちょっと特別
年末年始は、ひとりで過ごすことになった。一緒に過ごすものだと思っていたルームメイトは、急遽帰省することを決め、先ほど出ていった。
「おばあちゃんの体調が良くなくてさ。もう高齢だし、会えるときは会っておきたくて」
家族想いの彼女らしい。それは帰らなきゃね、と送り出したものの、ひとりになった部屋はやけに広く感じた。
大晦日も、お正月も、ひとり、か。
年賀状も出さないくせに、おせちも作らないくせに、初詣のことも詳しく知らないくせに、心のどこかで年末年始に特別感を求めている。
形式ばったセレモニーを鼻で笑っているくせに、少しでも型にはまって安心しようとしている。
とはいえ、今から帰省するのも大変だ。
長距離の運転は苦手だし、新幹線の指定席も残っていないだろう。
年末年始といいつつも、普通の日として過ごせば良いのだ。普通に寝て、普通に起きて、ゴロゴロして、SNSでもぼんやり観て。そんな風に過ごそう。
その前に腹ごしらえか。
じゅうぶんゴロゴロできるように、食べ物はストックしておこう。
ジャージのまま、適当に上着を羽織ってすぐそばのスーパーに向かう。少し前までクリスマス一色だったのに、すっかりお正月ムードの街にどこかうんざり。
昼過ぎのスーパーは混んでいた。
おせち料理、門松、ポチ袋、etc…。
それらはスルーして、菓子パンとスナック菓子とビールをかごに放り込んだ。
お正月まるだしのBGM、小さな子どもの声、聞きなれない方言。
非日常に飲まれそうになる。
ぼんやりレジに並んでいると、何かに見つめられている気がした。
知り合い?と思い、キョロキョロしてみるが誰もいない。
そして、気付いた。
レジ横に売られている、小さな鏡餅。上にはミカンではなく、小さな辰の人形が乗っていた。その辰が、つぶらな瞳で私を見つめている。
ま、いっか。
非日常に飲まれてみても。
そっと手を伸ばし、ちび辰の乗った鏡餅をかごに追加した。
年賀状も出さないくせに、おせちも作らないくせに、初詣のことも詳しく知らないくせに、形式ばったセレモニーを鼻で笑っているくせに。
ちょっとだけ、特別な日を過ごそうとしている。それも良いかな、と思っている。
※フィクションです。
2023年、ありがとうございました。
2024年もたくさん創作して、たくさんの方と交流ができたら、と思います。これからもどうぞよろしくお願いいたします。
皆様、良いお年を!!
矢口 慧
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