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超短編小説:梅雨明けの森

「ああ、それは恋ですね」

 なかなか梅雨の明けない七月、外ではざあざあと大雨が降っています。ときどきぴかっと光って、ゴロゴロと雷の音もします。
 風の音も、木が揺れる音も、葉っぱがふれあう音もします。

 そんなにたくさん音が鳴っているので、子りすのぼうやは聞き間違いかと思い、
「なんですか?」
 と首をかしげました。

 すると、聴診器をひっかけて白衣を着たみみずくの先生は、目をしょぼしょぼさせ、さっきよりも強く言いました。

「恋、ですね」

「恋、だって?」
 聞き間違いではなかったようです。ぼうやはひっくり返りそうになりました。

 最近、ぼうやの体調はよくありませんでした。
 食欲はないし、なんだかぼうっとするし、それになにより、胸がどきどきするのです。だからあわてて、雨のなかみみずく先生の病院まで来たのでした。
 
 みみずく先生はこの森でいちばんのお医者さまです。
 うさぎくんの熱病も、きつねさんの足のけがも、へびくんのからまったしっぽも、治したのはみんなみみずく先生なのです。
 だからぼうやの病気も治してもらえると思っていたのに…。

「先生、本当に恋なんですか?」
「そうだね。これは恋だねぇ」
「でも、恋っていうのは、その、好きな人がいて、どきどきして、ぽー、っとすることでしょう?」
「そうだね」
「だって、ぼく、ぼく…」
 好きな人なんていないもの、とぼうやが言うのをさえぎって、みみずく先生は優しく言いました。
「まあ、案外、気付かないものなんだよ」
 なあに?と首をかしげるぼうやの頭をなでて、みみずく先生はつけくわえました。
「今にわかるよ」

 恋なのかぁ。
 わるい病気でなくて安心しながらも、ぼうやはちょっと納得がいかない気持ちでした。
 本当に、恋なのかなぁ。

 ぼうやがみみずく先生の病院を出ると、やわらかい風がふわりとぼうやの頬をなでました。
 いつの間にか、雨がやんでいます。
 ふわふわした雲の間からは青空がのぞいています。そして、やさしいお日さまの光がさしています。
 木や葉っぱに残った雫が、きらきらと輝いています。
 遠くには、お友だちの小鳥たちが遊んでいます。いちばん仲良しの、きいろい小鳥ちゃんもいました。

 子りすのぼうやは、なんだかどきどきしてきました。だって、とっても景色が綺麗なんですもの。
「ああ、やっぱり、恋なのかなぁ」

 遠くで遊んでいた小鳥のうち、きいろちゃんが飛んできました。ぼうやに気付いたのです。
「子りすくん、こんにちは」
「きいろちゃん、こんにちは。すっかり雨がやんで、綺麗だね」
「そうね。きっと梅雨が明けて、夏が来るわ」
「夏、か…」
 ぼうやは、空を見上げました。きいろちゃんも空を見上げます。

「そうか、ぼくは夏に恋をしたんだな」
 ぼうやはひらめいて、口のなかでつぶやきました。
「なにか言った?」
 きいろちゃんが首をかしげて、ぼうやをじっと見ました。
「なんでもないさ」
 ぼうやはそう言うと、あわてて目をそらしました。

 だって、また胸がどきどきしてきたんですもの。








※フィクションです。
 梅雨、明けますかね。



 

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