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読書感想 『ファスト教養 10分で答えが欲しい人たち』  「21世紀のビジネスパーソンの必読書」

「ファスト映画」という言葉を知って、だけど、音声メディアを「1・5倍速」で聴くのが常識にもなっている時代なら、それを公開することが違法として逮捕されるのは当然だとしても、手っ取り早くなんとかしたい、という傾向は、「コスパ」という言葉とともに加速しているのではないか、というちょっとした怖さはあった。

 だけど、それに対して、何もできないし、自分とは違う速度で社会が流れている感覚はありながら、でも、同時に、矛盾するようだけど、それでも、図々しいとしても、生き残れることはできないだろうか、という思いもある。

 著者はレジー氏。恥ずかしながら、全く知らなかった。

 それでも、読み終わった後は、読む前に思っていた内容と違っていて、このページ数で、ここまでチャレンジしたことに、素直に敬意を持てた。

『ファスト教養 10分で答えが欲しい人たち』 レジー 

「今の時代」について批判的な言葉が出てくるのは、いつものことだと思う。

 その一方で、「教養」について語られることが多くなってきた感覚は、社会の片隅で生きているような私にまで伝わってきて、でも、それは、これまでの「教養」という言葉が表すものとは違うのでは、とも思っていた。

 それを、まず、この書籍の著者は指摘している。

 過去の「教養」という言葉と比較して、今の「教養」がとくに色濃く帯びているもの。それは、ビジネスパーソンの「焦り」である。   
 手っ取り早く何かを知りたい。それによってビジネスパーソンのライバルに差をつけたい。そうしないと自分の市場価値が上がらない。成長できない。競争から脱落してしまう……。
 今の時代の「教養が大事」論は、そんな身も蓋もない欲求および切実な不安と密接に結び付いている。 

 そして、「ファスト教養」についても、明確に定義している。その軸がはっきりしていれば、それをめぐるさまざまなことも考えやすくなる。

「楽しいから」「気分転換できるから」ではなく「ビジネスに役立てられるから(つまり、お金儲けに役立つから)」という動機でいろいろな文化に触れる。その際自分自身がそれを好きかどうかは大事ではないし、だからこそ何かに深く没入するよりは大雑把に「全体」を知ればよい。そうやって手広い知識を持ってビジネスシーンをうまく渡り歩く人こそ、「現代における教養あるビジネスパーソン」である。着実に勢力を広げつつあるそんな考え方を、筆者は「ファスト教養」という言葉で定義する。

歴史の必然

 そして、その「ファスト教養」に関しては、そのルーツの歴史は思ったよりも長く、だからこそ、とても根強いものではないか、とも説明される。

もともと教養と隣接する文化圏にあった明治後期の「修養」という考え方は「努力して人格を向上・完成させること」を指しており、その発想は立身出世主義ともつながっていた。人格に目をむける修養と成功を目指す立身出世主義の関係性について当時から課題として捉えられていた(筒井、前掲書)ことを考えると、ファスト教養の「教養と金儲けを一直線に結ぶ」発想は決して突然変異ではなく、教養という概念の大きな流れの中で登場するべくして登場した(あるいは時代の変化の中で満を持して再登場した)現象ともいえるだろう。

(※引用部分の「筒井、前掲書」↑は、筒井清忠『日本型「教養」の運命』)

 さらには、この「ファスト教養」の現象にのった、もしくは加速させる人物として、過去に脚光を浴びたり、今も支持を受け続けている何人もの人間の名前と、その人物たちに対しての批評的な見方も続く。

 田端信太郎、中田敦彦、Daigo、堀江貴文、小池百合子、勝間和代、橋下徹、ひろゆき、前田裕二、本田圭佑、AKB48-------。

昨今の「教養ブーム」と呼ばれる動きは、ゼロ年代初頭から今に至るまでの大きな流れの中で発生してものであり、決して突発的な現象ではない。

 それは、「自己責任論」との相性の良さもあっての上で、だから、少し先の未来を、こう予測している。

ファスト教養的な世界観が浸透した先にあるものは、未知のものへの畏れや例外的な出来事への配慮、違う立場に対する想像力や思いやりが醸成されることなく、ビジネスシーンで求められる「シンプルな意思決定」ばかりがあらゆる場面で持て囃される社会である。

 使い古された表現だが、個人的には「ディストピア」にしか思えない。

再構築への処方せん

 例えば、経済学や社会学、自分が読んでいる狭い範囲に限って、という限界はあるものの、こうした「現代」について分析し、考察し、その指摘がとても説得力を持てば持つほど、その度に、何か重い気持ちになる。

 そして、個人的な印象では、それでは、これからどうすれば?と思いながら読み進むと、「個人の意識の持ち方」といった結論になりがちなことが多く、だけど、それはそれで、当然かもしれない、という暗い諦めという読後感が残ることがほとんどだった。

 だが、今回は違っていた。だから、勝手なものだけど、そこに著者の志の高さのようなものも感じた。

ファスト教養が広まる一番大きな背景は個々人が抱える不安感である。これが払拭されない限り、誰が何と言おうとも今の潮流は続いていく。人々の不安に寄り添い、それを少しでも軽減させるような論こそ、アンチファスト教養、もしくはポストファスト教養の考え方として意味を持つはずである。

 具体的には、こうした視点である。

「教養はビジネスの役に立つ」と謳う自己啓発本に投じる時間とお金を、「ビジネスに必要な知識を深いレベルで学ぶことで、ビジネス以外の場面でも通じる力を得られる」ように作られた書籍に振り向けられることで、安直なファスト教養の世界と距離を保ちながら「生き残る」「成長する」といった今の時代の必要悪とも言うべき概念にも対応することができるはずである。 

 そのために必要なメディアについて、ここから具体的な名前をあげ、その理由とともに紹介している。全部を知りたい方は、ぜひ、本書を手に取って欲しいのだけど、そのごく一例をあげる。

 例えば、田端信太郎「MEDIA MAKERS」堀江貴文も参加している「平成ネット史」。

 この二人は「ファスト教養」の論者でもありながら、この書籍は、「専門性が高くわかりやすいコンテンツ」となっているから、他にも同様な書籍を探すことをすすめている。

 また、子ども向けの学習マンガ会話形式のポッドキャストオードリー若林正恭の著作も、「ビジネスに必要な知識を深いレベルで学ぶことで、ビジネス以外の場面でも通じる力を得られる」可能性のあるメディアとして挙げられている。

 そうした「ポストファスト教養」を身につけようと努力した先の未来のイメージまで、この著作では語られていて、その実現自体はとても困難ではありながら、それでも、その前に具体的な方策が述べられていることで、勝手な読者の印象だけど、著者の有能さだけでなく、誠実さも感じ、信頼感が増していた。

おすすめしたい人

 仕事をしていく上で、何かをしないと、取り残されるのではないか、という焦燥感がある人。

 何か勉強したいけど、どうしたらいいのか、わからず、できたら無駄なことを身につける「コスパの悪い」ことはしたくない人。

 学生を卒業し、社会で働くようになって、なんとか生き残りたいと不安な人。


 基本的には、すべてのビジネスパーソンに、おすすめしたいと思っています。


(こちら↓は、電子書籍です)



(他にも、いろいろと書いています↓。よろしかったら、読んでもらえたら、うれしいです)。





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