見出し画像

くっそつまんない人生

皆さん、一日に何度死にたいと思いますか?

私は
繰り返し読んだ漫画に飽きたとき
小説を読んでも頭に入らないとき
ネット記事がくそつまんないとき
ただただ何もやることがないとき
人生つまんねーなあとおもうとき

つまり、いつも常に。
何かに没頭して
気を紛らわすだけであって、
多分根本的に生きる意志が
ティッシュよりも薄いんだとおもう。

そして最近は
もう引きこもることにも外に出ることにも
飽きてきて、
「私ってやることが無いんだなあ」
と思う瞬間が多すぎて
ちょっともう無理かもしんないです。

何しても面白くもなんともありません。
家から逃げ出して
援交しながら生きながらえてやろうかと
考えたりもしますが、
実は彼氏がいるから全然そんなことをする
度胸なんかこれっぽっちもありません。

そうです。私には愛する人がいます。
詳しいことはとりあえず当分
話す気はないけれど、
その辺りのカップルより
だいぶ結び付きは濃いです。
それなのに
「それは愛情じゃない」とか言われたりして
もうよく分かりません。
でも愛してます。愛してます。

だけど毎月がつまらない。

それは何故だろう。
彼氏がライフアフターしまくってて
全然私に構ってくれないからだろうか。
ライフアフターする様子を眺めていても
私はやることが出来ないし、
彼が注傾している相手は私ではない
違うゲーム内の誰かであることを痛感してしまうからだろうか。
日に一回のセックスじゃ全然足りないからだろうか。

もう死んでしまいたいなあ。
糞しょうもない理由だけれど、
理由なんかどうでもいいと思う。
結局何だって引き金になり得るし、
元々そんなことで死にたくなる程
生きる気力が酷薄なのだから
どうせまたいつか死にたくなるんだろう。

「そんなことを言ったら
生きたくても生きられなかった人に
怒られちゃうよ」

死ね馬鹿。
私の人生は誰の物でもない
私自身の私だけの物だ。
生きたくても生きられなかった人の
人生はその人だけの物であって、
誰かと比較したりするべきじゃない。
その人の人生は
その人自身だけの物なのだから、
誰かの人生と代わりになったりなんかしない。
生きることにも死ぬことにも
責任は付きまとうとは思う。
けれど、
「どこの誰とも知れぬ人の人生の為に
自分の願望を犠牲にする必要はない」
と考えてしまう。

とか言いながら
きっと
生きたいのにもう死がすぐそこまで
来ている人を実際に見たら、
絶対泣いて謝ると思う。
「ごめんなさい、ごめんなさい」
とへこへこ謝りながら
首を縄にかけていくんだと思う。

私の人生が誰かの人生の代わりになれる事なんか、絶対ありやしないのに
「私が死んでればよかったなあ」と
感じることがちょいちょいある。
生きる気も価値もない人間がのうのうと
惰性をむさぼって、
生きるべき生きたい人が理不尽に死んでしまうなんて、皮肉でしかない。

やっぱり私は駄目だ。
今夜も頭が痛い。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?