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駅を基点に歩いて観光①

商店街の栄枯盛衰とともに

自分は「駅を拠点に観光が楽しめる場所」が好きです。

小中学校の学区内に「商店街」があり、実家が店を営んでいる友人もいたので、商店街は子どものころ“遊び場所”の一つでした。自分は昭和40年代生まれなので、昭和50~60年代が学生時代。当時は市街地商店街の「栄枯盛衰」が明白で、新しい店ができたかと思えば廃業も多く、駅周辺の様相も変化し続けました。相対的に、50年代は「活況」、60年代は「衰退」と言っていいと思います。

中学~大学生くらいの時期、いわゆる「一般の男性が好むような物事」(酒やたばこ、車やバイク、電気や機械など“工業系”のもの)には全く関心がなく「芸事、それも一世代前の流行」に嵌っていました(1970~80年代前半の音楽シーン、深夜ラジオ、白黒写真など。旅も「廃止された鉄道跡」などへの興味が深かったです)。商店街のレコード店や写真店、古書店へは入り浸っていましたし、20歳過ぎたころからは「古い喫茶店めぐり」なども好きでした。
深夜放送などは仲間もいましたが、1970年代の抒情派フォークなどのレコード盤を集めたり(高校の通学路に中古レコード店がありました)、昭和30~40年代の写真展を見に行くような級友は、さすがにいませんでした。

なので学生時代から、中心市街地や商店街の店が撤退するたびにもの悲しさを覚えるとともに、活性に向けた取り組みには関心を寄せていました(と言っても、新しい店やチェーン店には、あまり関心は向きませんでした)。

併せて「公共交通機関を使った旅」が好きなので、今も特に「駅前の様相」(変化なども)には意識が向かいます。地方を旅した際に「玄関口」としての役割が残っていると感じたときは、とてもうれしくなります。

駅前に魅力があれば好きになる

自分は「短い旅を回数重ねるタイプ」なので、何度も訪ねた観光地も多いのですが「駅前の雰囲気の良し悪し」は、その土地を好きになる基準の一つです。
観光地ではないターミナル駅でも、駅ビルがなくなったり、無機質な建物に作り替えられてしまったりすると、残念に思うこともあります。函館駅や旭川駅、田沢湖駅、軽井沢駅などは、駅に降り立った時の旅情感が薄れてしまいました。整備新幹線を否定する気は全くないですが「駅」はそのままであってほしかったです(逆に姫路駅は、駅としては何も感じませんが、改修によって姫路城の眺望が良くなったのはポイントが高いです)。

「駅から歩く」をテーマに10選

そこで、自分が訪ねた中で「駅を拠点に歩く」をテーマとして「魅力的」だと思った観光地を10か所、列記してみました。
ポイントは「駅の雰囲気」と「駅から観光ポイントまでの『途中経路』も楽しめるか」。あくまでも「駅に起点としての魅力があり、徒歩圏内で楽しめる地」に絞りました。
「観光地」としての好みだけを言うと北海道や東北、北信越の各地、山口県いろいろ、飛騨高山、寸又峡、松江・出雲、大洲、長崎市内――なども上位に来るので、優劣は違ってきます。

★宮島(広島県廿日市市/駅はJR宮島口)
★尾道(広島県尾道市)
★門司港(福岡県北九州市)
★石巻(宮城県石巻市)
★道後温泉(愛媛県松山市/駅は市電の道後温泉)
★仙崎(山口県長門市)
★青梅(東京都青梅市)
★久慈(岩手県久慈市)
★喜多方(福島県喜多方市)
★勝山(岡山県真庭市/駅はJR中国勝山)

順位付けではありませんが、上の方ほど好みが強く、訪ねた回数が多い地です。

「宮島」は「船」で旅情が増す

「宮島」は「船」を挟むので邪道かもしれませんが、JRの駅からフェリー乗り場が見渡せることで、高揚感があふれてきますので、「駅=玄関口」としての役割が生きていると思います。
「本題に入るまでに、引き込まれる序章」――、船を挟むことで余計に旅気分が高まるだけでなく、駅から船に乗るまでの徒歩5分が、ちゃんと“繋がって”“生きている”町です(ここに例えば「バス」が挟まったり、駅から船乗り場までが無機質な住宅街だったりすると「一本の“流れ”」とは言えなくなります)。

「尾道」は、山手側と海側の雰囲気が全く異なるのが魅力。商店街も楽しめます。往復別々の経路で、それぞれに楽しめる地は、多くありません。近々、駅舎の建て替えと整備が行われますが、最初訪ねた20年ほど前よりも駅周辺は近代化されているので、もういいかな、という気持ちですが・・・。「風情」を守られることを願っています。
「門司港」は建造物としての駅舎が立派なうえに、町並みが洗練されていてスマート。「道後温泉」は有名温泉地ながらも、着飾っていない独特の風情を覚えます(温泉街は全般に好きですが、あまり駅がありません)。「喜多方」はレトロな雰囲気が旅情をそそる町。「勝山」は「のれんの町」としての統一感と「余計なものがない点」で優れています。

「石巻」「青梅」「仙崎」はいずれも、境港と同様に「人物」が基になったまちづくり。
それぞれにテーマ性が強いですが、つくり込んだ感じはなく、特に青梅と仙崎は「昔ながらの雰囲気」がそのままで「何度訪ねても変化がない町」です。それが、大きな魅力です。
石巻は「東日本大震災」を経て、あらたなまちづくりが進みましたが「苦境が町を強くした感じ」はあります。「石ノ森萬画館」と「まち」との繋がりは今一つではありますが、一歩一歩、魅力を創生していることは伝わってきます。
いずれも、やや「コアなファン向けのまちづくり」ではあるのですが、それだけに「この地を楽しみたい、という“想い”の強い人が集っている」と感じます。

久慈は5年後どうなるか

「久慈」は「ブーム」からつくられた町ですが、ここは非常に“遊び心”にあふれています。「旅」は基本的に「道楽」で、「どれだけ純粋に楽しさを追求できるか」にあると思いますので「本質を突いた観光振興に努めている」と感じます。
「朝ドラの影響力は1年」と言われますが「5年たっても褪せていない」のは、取り組み方が優れているからだと思いますが、逆に言えば「この先、5年後に向けて、どう取り組むか」が気になります。

上記以外では「奈良井(長野県塩尻市)」「別所温泉(長野県上田市)」「倉敷(岡山県倉敷市)」「智頭(鳥取県智頭町)」「佐世保中央(長崎県佐世保市)」「油津(宮崎県日南市)」――など。
なお、「まち」を主題としたので、駅からすぐ観光が楽しめるとは言え「塘路」「釧路湿原」「芦野公園」「青島」などの自然景勝地は除きました。

あと「番外」として「豊後高田」(大分県豊後高田市)を挙げておきます。
ここは「宇佐駅」から「路線バス」になりますが「昭和40年代までは鉄道があり、その名残でバスターミナルが“駅っぽい雰囲気”で拠点になっている」のと、「商店街再生」というテーマの下では「一貫性があり、身の丈に合った取り組みを行っている」という点で大きな魅力があります。「バス停を起点に歩く町」はたくさんあるのですが、豊後高田はバスターミナルの様相から、特別感があります。

“呼び込み”が少ない地が好み

町としていた時に総じて好みなのは「在る物を生かし、つくり込みすぎていないこと」「商業ベースではないコミュニケーションがあること」「『物を売る店』が前面に出ていないこと」「テーマが明確で、一貫性や統一感があること」――など。

宮島へ行くたび魅力に思うのは「多くの商店があるにもかかわらず“呼び込み”が少ないこと」。
「コミュニケーションをきっかけにして購入に繋げる雰囲気」が好みで、それが昔ながらの商店街の接客販売。「客側が『ふらっと店を除いて』、そこから『コミュニケーションが発生する』という流れ」です。観光地においても(というか観光地だからこそ)、その手法が守られているかで、印象は変わります(少なくとも自分は、それが大きな要素です)。
宮島では相対的に、その要素がちゃんと受け継がれていて、観光地の土産物店にありがちな「“呼び込み”が鬱陶しくて嫌気が差すこと」がないので、何度訪ねても飽きません。

なお、うちにご宿泊される人は「由良」の「青山剛昌ふるさと館」へ行かれる人も多いのですが、特に女性客は「公共交通機関の利用者」が主なので「途中が何もなくて」という感想を述べる人が多いです。像や案内板など細かいものはあるのですが「見て楽しむほどには至っていない」とは、自分も思います。
駅に十分な“遊び心”はありますし、記念館の取り組み方も優れていると思うだけに、ちょっともったいない感じ。途中に土産物店と飲食店ができましたが「点」であって「線」になっていないので(一部は幹線道路を歩く形なので難しいでしょうが)、交差点に「見せるオブジェ」を設置するなど、ひと工夫できればと願います。

②では境港の話を記します。

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