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俺と堺と菊田と就活と「#2000字のドラマ」

飲みすぎた堺は、さっきから、同じような事を繰り返し言っている。

「おい、川島!聞いてるか?
私の長所は、粘り強く、一つの事をとことんやり抜く所です。
そして短所は、一つの事に夢中になると、周りが見えなくなる所です。
って、何だよ?
グループ面接で、俺の前の奴も、後ろの奴も、同じ事言ってたぞ。
俺も言ったけどな。
きっとな、みんな同じ本を読んでいるんだよ!」

「それな」を繰り返している俺も飲みすぎている。

俺は飲みすぎると話すのが面倒になり「それな」が多くなりがちだ。

そして、飲みすぎた堺は声がでかくなっていく。
「エントリーシートも頑張って書いたし、面接の本も何冊も読んで研究したんだけどなあ。笑顔の練習もしたし、何が気に入らないんだ?」

堺は、一気に酒を飲み干して言った。
「俺、もう、やめたわ就活!」

その時、菊田がやってきたものだから、手招きしながら、
「ああ!菊田!聞いてくれ菊田!」

小走りに駆け寄った菊田が「どうしたの?堺君、随分飲んじゃった?」
とか、言っても何も聞いちゃあいない。

菊田に抱きつき、
「関係ねーよ!どこも俺なんか!」
「堺君、お水貰おうか?お水」

「俺はな、最初から起業する気だったんだよ!」
「え?」と驚く菊田を睨みつけ、
「起業して、見返してやるんだ~!」

「それな」
わかったわかった。お前の気持ちは痛いほどわかる。
俺だって、もう、就活から逃げ出したい。
や~めた。
それで済むことなら、そうしたいさ。

べろべろの堺は、まだ言っている。
「俺はさぁ、明日から本気出すのさ。
アプリ開発して一発当ててやんよ」

「アプリ?良いねえ、堺君が前に作ったゲーム、
あれ、結構面白かったよね?」
と言う菊田は、どこまでも優しい奴だ。

「だろう?俺、起業できそうだろ?」と言う堺の目は死んでいる。

バカな話だ。
バカな話でもしなけりゃ、やってらんないって、
人生には、そんな日もある。
俺も、バカ話に乗るさ。
「堺が起業なら、俺はお笑いを目指すわ」

「何々?川島君まで?それなら僕は政治家かな?」
菊田も乗っかり、楽しい夜になった。

「堺が起業なんだったら、俺はお笑い芸人目指してやんよ!」

笑顔になった堺が、また、酒を飲む。
「川島、菊田、おまえら最高だよ!乾杯!」

「僕は政治家になる」

「それな」

3人で「カンパーイ」


翌日から、再びスーツに身を包み汗だくの就活が始まった。

終わりのない日々なのかと思えたが、
終わりの日は、やってくるもので、
一つの奇特な企業が俺を雇ってくれることになり、
俺も捨てたもんじゃないなと、思っているところに、
堺からのメールが来た。

「久しぶりに、走ろう。いつもの所な。堺」


いつもの土手に着くと、堺の大声が聞こえてきた。
酒は飲んでいないはずだが。

「菊田、落ち着いて聞いてくれ。あの日は飲みすぎて、俺たちは、ふざけて言ったんだ」
「え?堺君、起業しないの?」

「川島~、菊田は一つも面接行ってないんだって!」

こんなに慌てている堺を初めて見たが、
そういう俺も、人生で一番慌てていた。
「何やってんだよ!」

「何って?あれから、いろいろ調べたんだ。結構詳しくなったよ。知ってる?政治家になるには供託金を支払わないといけないんだよ」

「なんだそれ?目を覚ませっつ~の。
お前が政治家になれるわけないだろう?」

慌てると堺は早口になり大声になるだけでなく、
失礼にもなりがちだ。

「失礼だな。そんなこと、やってみなきゃわからないよ」

「そうだな、確かにそれは菊田に失礼だぞ堺」

「ごめん、しかし、現実に今やるべき事は一つだろう?
この国はな、みんなが一斉に就活するんだ。
このチャンスを逃すと大変な事になるんだぞ」
酒を飲んでいない堺は、至極まっとうな常識人である。

「御忠告ありがとう、堺君。でも、もう僕は決めたんだ。
一度きりの人生だから、やりたいことをやるよ」

それから俺たちは、あらゆる角度から言葉を重ねてみたものの、
菊田の決意は固かった。
「菊田、おまえ何か格好いいな」


それならばと、
俺達にできることがあったら何でも言ってくれと伝えたが、
すでに菊田は供託金300万を法務局に払ったと言い、
堺と俺は激変してしまった菊田に、ただ驚くばかりであった。


その後、自民党の候補者公募があったとかで、
一次審査の論文課題が卒論と同じ『コメ自由化と構造改革について』であったことから応募したら、
気に入られて、比例南関東ブロック35位での出馬となり圧勝した。

TVに映る菊田は生き生きしている。

インタビューで「料亭に行ってみたい」とか、
「タワマンに住みたい」とか奔放な発言で叩かれても、
今まで嫌われたことの無い奴だから、
誉め言葉と受け取っているようだ。

漠然とだが、
政治家なんてものは、
自分たちとは関係のない遠くの人間が成るものだと思っていた。
しかし、思いのほか、あいつは政治家に向いている。

堺は、内定を辞退して自分探しの旅に出るらしい。

俺も、こうしちゃあいられない。

FXの本を何冊か読んだが違うとわかったので、
仮想通貨に人生をかけてみようかと考えている。





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