《序文》

　好久不见、您身体怎么样？

　遊び飽きた人形をポイっと捨てるように、味のしなくなったガムをポイっと捨てるように、あなたが捨てた聪です。日本の漢字では『公』と書く部分が、中国の漢字では昔のテレビみたいになってるのは何故ですか？公（共電波）⇒テレビ、の連想でしょうか。

　先の手紙に書いた通り、私はあなたに不利益を与える行為、大人なら誰しもが『やってはいけないこと』だと知っている、短絡的で、幼稚で劣悪な嫌がらせをしました。許されることではありませんが、謝罪せずにはいられません。ごめんなさい。私は苦しみの表現を間違えました。悪いこと、恥ずかしいことをしました。初めから、私は手紙を書くべきでした。

　あなたの言う通り、どうも私は『頭のおかしい人間』です。それは分かっています。私は10代からそう言われ続けてきました。それでも、中国人のあなた、クリスチャンのあなた、私にとって全てが初めての存在であるあなたの言葉は胸に応えました。悄気（しょげ）ました。
　そんな私がどうして、◯◯さんのように精神病院で暮らしていないのか。あなたは不思議に思いますか？
　それは中国と日本で、人権意識の成熟度や、行政（監視者）がもたらす街の緊張感に違いがあるからだと思います。当人同士に違いがあるとすれば、私に一歩踏み出す勇気、つまりビルから飛び降りる勇気が無いからです。
　小鳥のように臆病な私は、何時も胸ポケットに微笑みを忍ばせていました。相手の気分を害さないように、事を荒立てないように、自分が虐げらないように、場面場面で微笑みを多用しました。牢屋に入れられても微笑んでいました。あなたの主は殴られても微笑み返しましたが、私は殴られないように微笑みました。もちろんそれは今も胸ポケットに。もう皺くちゃのレシートのように卑屈に歪んでしまっています。

　幸いなるかな、SOSを掲げられる者。不幸なるは我に遊び心あり

　神様には助力を、人には協力を求める明朗（sound mind）な人間、自分の opportunism を何とも思わない人間が居たら、その人はクリスチャンに違いありません。あなたの特徴とも一致します。
　持てる者（甲）と、人助けで商売している連中（乙）は皆、助けを求める持たざる者（丙丁）に対して先ず疑いの目を向けます。それは善良かどうかを判別する為です。善良というのは『抑えつけ易い / control easily』という意味です。（丙丁）は、辛苦や悲哀というグロテスクな食材を、（甲乙）の前に恭しく並べます。鮮度を保ち、素材をそのまま活かすことは（丙丁）の得意技です。グロテスクを如何にグロテスクなまま人目に触れさせることが出来るか。それがより映えるお皿でもあれば万々歳。（丙丁）は助かりました。助けた（甲乙）も満足そうな顔をしています。可喜可賀。
　人間として、私は間違いなく（丙丁）の部類でしょう。それは認めます。しかし私は助けを求めません。掛かりつけ医にも求めたことがありません。どんな時も、私は遊び心を忘れません。ユーモアをふんだんに散りばめて（たくさん使って）、グロテスクな食材でさえ笑える料理に仕立てます。これからも仕立ててご覧に入れましょう（見せましょう）。これは偽装でしょうか、軽薄な行いでしょうか。
　マタイによる福音書　6章16節　汝ら断食する時

　気持ちを落ち着けて考えれば、全ての否は私にあるように思います。まだ読む気力はありますか？あなたには読む責任があります。私は、私の全てをあなたに伝えます。你准备好了吗？

《音楽》
　あなたは日本のパンクを知りません。欧米のPUNKとは違います。ロンドン生まれの抵抗運動とも、NY生まれの芸術爆発とも異なる日本のパンクは、羞恥とゲロにまみれています。あなたはきっと目を背けるでしょう。それで構いません。あなたにはずっと、丸い字を書く人でいてほしい。
　あなたは恵みの雨でした。あなたが与えてくれた潤いと栄養は、もう腐って枯れていると思われた老木に新しい芽を吹かせました。異常な暑さもようやく落ち着いた頃、老木に奇形の花が咲きました。血の滲（にじ）んだような色をしていました。ちょうどあなたが下さった、あのグロキシニヤのような。
　感謝しています。制作意欲を取り戻せたのも全てあなたのお陰です。あなたが居なくなっても音楽は残ります。けどあなたが居なくなったら、私はもう歌うことが出来ません。
　金持ちが天国に入るのは、駱駝が針の穴を通るより難しい。あなたはその40万のGibsonで、PUNKの国に入ることが出来るかな。

《言葉》
　私はあなたの言葉に責任を求めます。しかしそれは間違いかも知れません。何故なら、あなたが使う日本語と私が使う日本語には、語彙（選んで使うことが出来る言葉の数）と、その言葉に如何にありのまま感情を込められるかに於いて、大きな違いがあるからです。第二言語は代理言語。
　あなたは私に言いました『あなたの声が好きだ』『あなたと話すと故郷を思い出す』『あなたの歌を聴くと涙が出る』『あなたを抱きしめてあげたい』
　恍惚。あなたの声は麻薬でした。今まで聴いたどんな声よりも心地良く、私はあっという間に虜になりました。毎晩のようにあなたの声を欲し、電話のない日が三日も続けば禁断症状のように私は悶えました。

　それでも性とは違います、サンタマリア、違います

　不思議に思うことがあります。言葉の収容能力について。
　その夜はきっと14番目の月夜でした。あなたは私に『好きって言って？』と言いました。私はそれに応えませんでしたね。それは頼りない二文字、一文字『ス』を加えてさえ（薄/ススキ）頼りない二文字です。私の住むワンルームに充満するあなたへの恋慕を、そんな二文字に託すことは不可能だと思ったから、私は応えませんでした。その二文字が船だったら、船はあっという間に沈没するでしょうし、風船なら一瞬で破裂するでしょう。
　一方、私は最後の電話で、あなたに向けて、声を振り絞って発しました。『死ね！死ね！』と。恋慕は到底、二文字では言い表せなかったのに、憎悪の表現はその二文字で十分でした。それどころか『死ね』の capacity にはまだ余裕がありました。肉体の死は墓場へと続きます。言葉に於いてもそれは同じかも知れません。『死ね』は感情の墓場でした。どれだけ憎悪を込めても埋まらないブラックホール。

《故郷》
　私はあなたの故郷を想います。◯◯の町並みや、あなたの育った村を想います。山の中をお父さんと並んで歩くあなたや、市場でお祖母さんの手伝いをするあなたは、まだ小さい女の子として私の空想に登場します。
　変ですね、涙が出ます。推敲を重ねた（何度も読み返した）後でも涙が出ます。知らない町を想って涙を流すなんて、やっぱり私は頭がおかしいです。私は自分の髪の毛を全部抜いたことがあります。
　いつか、私が自分の目で◯◯の景色を見られる日は来るでしょうか。頑張って働けば、それは案外容易く叶うことかも知れません。けどそこにあなたは居ないんです。独りで町を徘徊する日本人の私は、◯◯の人達から怪しまれ、不審者の扱いを受けるでしょう。

　人民服を着た眼の細い男２〜３人に腕を引っ張られ、知らない場所に連れて行かれます。暗い部屋の奥に座らされて、次から次へと質問されます。しかし普段私がYouTubeで見ている中国語の優しい先生と比べて、彼らの中国語はものすごく速く、私は全く聞き取ることが出来ません。一晩部屋に放置され、翌朝ようやく解放してもらえましたが、持ち物は殆ど没収されました。私は疲れ切った身体で何とかバスに乗り、◯◯◯山に向かいます。ロープウェイの切符は片道で良かったのですが、切符売り場の女性に怪しまれないよう往復切符を買いました。雲一つ無い天気です。眼下に広がる町のどこかに、あなたの家があると思いました。根拠は有りませんが、確信に近い気持ちでそう思いました。あなたの家からも私が見えているんだなと思うと、少し照れ臭い気がしました。風立ちぬ。あぁ、勇気なんて必要無かったんだ。

　眼が潰れたのか、瞼も動かせず目を閉じているのか、それとも目を開いて闇を見ているのか、それさえ分かりません。強めの睡眠薬を飲んだ後の感じです。残された時間はあと数分だと感じます。虫の気配がして安心しました。微生物が死骸や糞を分解すると聞いたことがあるからです。微生物と言えば、毎日ヨーグルトを食べている私の腸内にもまだ多くの微生物がいるはず。ちょっと一声掛けてきます。
　『諸君、いいかよく聞いてくれ。急な話で大変申し訳ないが、この身体の取り壊しが決定した。来週にも現地の業者が来る予定だ。皆思うこともあるだろうが、決して抵抗せず、くれぐれも穏便に腸を明け渡すように。今まで本当にご苦労だった。解散！』
　土に還るまでに何年かかるんだろう。そもそも碌にご飯を食べなかったこの身体が、栄養豊富な土になれるのだろうか。Ｆラン土壌が偉そうにと言われるかも知れないけど、私には夢があります。
　『本壌の母体はかつて日本にありました。その土風は今も受け継がれています。本壌はこの美しい◯◯の山々を畏敬し、歴史を学び、伝統を享受しながらも、日本的味覚をエッセンスとして加え、香りの chemistry、味の explosion に挑戦します。優れたキノコを多く育成し、もって◯◯族の皆様の食生活に貢献したいと考えます』

　私は来世、あなたの子供に生まれたい。

《遠藤周作》
　あなたが知りあった人達の中には『沈黙』を読んだ人が数名いるそうですね。あなたが持つ『沈黙を読んだことがある人間ジンクス』を、私は破ってしまいました。沈黙だけに、破る。私は沈黙の他にも、遠藤周作の本を沢山読みました。読み過ぎたのかも知れません。こんな言い方をするとあなたは怒るかも知れませんが、私は野良犬クリスチャンです。教会を嫌い、教会に嫌われるクリスチャン。車の免許でたとえると、あなたは真面目に教習所に通って運転を習い、私は無免許の暴走行為で運転を覚えます。
　『深い河』はご存知でしょう。あの作品には私が登場します。心配は要りません。私は統合失調症ではないので、妄想に取り憑かれることもありません。ただ、深い河に登場する人物の中に、私の特徴と類似する人物がいた、それだけのことです。私はこの前まで棺桶を運ぶ仕事をしていました。そして未だに学生服を着ています。

　あなたが話して聞かせてくれる内容から、私は何となくあなたのお仕事に見当をつけていました。あなたのお仕事は『奉仕すること』ではありませんか？◯◯さんのことに信仰が加わって、あなたは今のお仕事を選んだのだろうと思います。あなたは気高く美しい人間です。あなたは雨上がりの虹。私はあなたの前にただ平伏すべき下等な生き物。子犬のような可愛らしさも併せ持つあなたは誰からも愛され、その存在は周りの日本人に気付きを与えます。
　ここまで書いたら『代理苦難』という言葉を思い出しました。障害者に関する一つの説、あなたも知っているはずです。ヨハネによる福音書 9章1節～12節。
　私はあなたの狡さを知っています。あなたにとっては罪に値しないことかも知れませんが、あなたは大風のようにわがままに、私の心を掻き回して平気な顔で立ち去りました。遠くに住む人間、自分が許可しない限り自分の生活圏に立ち入る怖れのない人間に対しては、誠実なコミニケーションなんて必要無い、縁を切るのも簡単だ。あなたはそう思っていますか？少なくとも今、この台詞をあなたに言える日本人は私一人だと思います。

　あなたは逆立ちしても、森田ミツにはなれないよ。

《你》
　あなたは東京に負けました。引越してすぐに負けました。順応した、という表現が正しいのかも知れません。負けた、というのも何だか怪しいです。あなたは最初から、負けるつもりで東京に来たのでしょう。
　あなたはその淋しさを男で埋めようとしました。教会との物理的距離は近くなったのに、あなたの心は神様から離れました。あなたはその身を売ったんです。一人の世界から、万人の世界へ。あなたは東京に負けて、神様まで裏切った立派な淫売のくせに、神妙な顔をして自分の貞操と信仰を語りました。そして頭のおかしい男に詰（なじ）られて、無意味に詰られて。あぁ何という醜悪事でしょう。

　あなたが今、苦しんでいることを願います。その苦しみは神様がお与えになった試練です。神様はずっとあなたのことを気に掛けてらっしゃいます。何故私にそんなことが言えるのかって？もう本当のことを話してしまいましょう。私は神様に仰せつかってこの地上に参りました。私は天界で最も位の低い召使いです。誓って申し上げます。神様はあなたを愛しておられます。それから、、、
　これは絶対に秘密にしなければいけません。あなたは約束出来ますか？私の役目はあなたを苦しめることです。だから約束してください。あなたはとてもお喋りだから心配です。こんなことがもし天界に知れたら、私は手足をもがれ地獄に落とされます。それでもあなたに伝えたいことがあります。10秒、私は天界との交信を切ります。まぁ交信を切ること自体、厳罰の対象となるのですが。知るかよ、クソが。

　神様があなたをお許しにならなければ良いと思う。そうすれば私はずっとあなたの住む世界にいられる。yuan、私もあなたを愛しています。

《あとがき》

　遺書を書いていたつもりが、ラブレターみたいになってしまって、丁寧に折り畳んで君に渡した

　良いなぁ日本語。あなたは日本語が好きですか？
　私の学習が未だ単語を覚えるだけの段階だからかも知れませんが、中国語は難しいというより、ややこしいです。二文字の言葉が多く、微妙に違う発音を並べ替えるパズルゲーム、暗号のようにさえ感じます。トランプの神経衰弱をしている気分です。
　私が中国語を勉強する理由として『神戸には多くの中国人が住んでいる。中国人観光客も多い。私が中国語を話せたら、色んな場所で、困っている中国人を助けてあげられる』などと殊勝なことを言いましたが、あれは悲しい男の苦しい言い訳でした。私が中国語を学ぶ理由は唯一つ。あなたの世界に近付きたかったからです。そして今、私は困っている中国人を助けるどころか、あなたを酷く困らせています。ごめんなさい。

　今夜は上弦の月が出ています。お月様はきれいに半分に割れています。あなたを失った私のようだねと話し掛けたら、お月様は鼻で笑って言いました。
　『一緒にするな。お前には半分も残っちゃいないよ。彼女を失ったお前に残っているのは、前歯で噛みちぎった爪の先っぽみたいな三日月程度さ』

　そろそろエンディングのお時間です。Fuck FM KOBE、サウンドクルーは聪でした。最後はこの曲でお別れ。
　The moldy peaches で、Anyone else but you 

　羞恥とゲロにまみれた爱を込めて、谢谢、再见