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短編小説

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徒川ニナが書いた小説の中でも、一話完結式のものを公開しています。
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記事一覧

すい星列車がやってきた!(3)

すい星列車がやってきた!(3)

「さぁて、急がねばなりませんよ」
 ピピたちが飛び去った夜空をぼんやりと見上げていたわたしたちに、テールが声をかける。
「さいわい燃料はじゅうぶん手に入りました。おくれを取り戻すため、少しとばします」
 そう言って、テールはわたしたちをぐいぐいと客車におしこめる。
 とびらがしまるのと同時に、すい星列車はすべるように走り出した。
 わたしたちはあわてて近くの座席に腰かける。
『まもなく高速運転モー

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すい星列車がやってきた!(2)

すい星列車がやってきた!(2)

 いつの間にか黒い雲はどこかにいってしまったみたいだ。
 すい星列車の窓の外には、いちめんにビーズを散らばしたようなみごとな星空がひろがっている。
「――ありがとうございます」
 わたしはそういって、となりにすわる星子さんにおじぎをした。
「パンケーキ、おいしかったです。おみやげまでもらっちゃって」
「いいよ、それくらい」
 星子さんは笑って言う。
「それに」
「それに?」
「――なんか、楽しかっ

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すい星列車がやってきた!(1)

すい星列車がやってきた!(1)

「お父さんなんか知らない!」
 わたしはそう言って立ち上がった。
 テーブルの上にはこげこげのカレーに、サラダ。それにいちごのショートケーキがふたつ。
 いつもお誕生日には、ロウソクの立った丸いケーキをかこんで、ハッピーバースデーを歌ってもらっていた。火をふき消したらお父さんとお母さんが、「おめでとう」って拍手をしてくれて……。
 今日はわたしの十歳の誕生日だ。それなのに。
「どうしてお母さんがい

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マジックアワーによばれて

マジックアワーによばれて

 八月の末といえばまだまだ暑い時期だけれど、富士山に近くて標高も高いここは岡崎よりだいぶ涼しい。道の駅の駐車場で車中泊なんて正気? って思ったけど、意外と全然眠れた。
 つけっぱなしだった腕時計を見ると、現在朝の五時ちょっと前。窓の外はまだ暗かったけれど、うっすらと辺りをうかがうことはできて、朝がもうすぐそこまできていることがわかる。
 運転席のお父さんと助手席のお母さんは、二人そろってすやすや寝

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死にたがり賛歌

死にたがり賛歌

 それは「もういい加減死んだ方がいいな」と思っていた生理二日目の夜のことだった。私はシャワーのお湯を身体に浴びせかけながら、おろしたての剃刀の刃をじっと見つめる。こののっぺりとした光よう。パーフェクトだ。むふふと込み上げる笑みを抑えきれない。私はこの自殺が必ず成功すると確信していた。一刻も早く、美しくてドラマみたいな死を迎えて、みんなをあっと言わせたかった。

 しかし手首に剃刀をあてがった瞬間

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転んで起きる星のもと

転んで起きる星のもと

 耳の下辺りがじんじん痛くて身体が怠い、って言ったら大抵の人は「風邪じゃない?」とか適当なことをぬかすだろう。私はいつもその返事が堪らなく頭にくる。あーあ、風邪だったらよかったですね。いつか治りますもんね。確かにちょっと熱っぽいけど、でも違うんだなぁこれが、コンチクショウ。

 まるで私の席の周りだけ重力が二倍にも三倍にもなっているみたいだ。一度机に突っ伏すともう起き上がることができなくて、私は

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彗星列車

彗星列車

 光の明滅はそのまま呼吸を意味している。

 青白いような緑がかっているような流線形が僕の視界いっぱいに広がって、眩しいなんてものではない。うっそりとした熱をもった息遣いは、目も眩むような荒々しいまでの生を表していた。

 触れたら熱いのだろうかと手を伸ばしかけて、やめる。溶けてしまいそうだと思ったのは、まばゆいばかりのこいつらか、それとも自分の弱い心か。僕にはわからなかった。わからなくても別

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宙の彼方のナディエージダ

宙の彼方のナディエージダ

 星は希望の象徴だなんて、一体誰が決めたんだろう。
 膨張し続ける宇宙の中で永遠ともいえる時間を耐え抜く孤独を知っていたら、そんな役目をあいつらに押し付けようなんて考えには至らないはずだ。少なくとも、片道十四時間の旅路に疲れ果てている今の僕には、到底無理。
「あいつらはどうして輝いているんだと思う? クドリャフカ」
 座席に腰かけた僕の目の前。操作盤のありとあらゆるランプを明滅させながら彼女は答え

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それは小さな魔法のように

それは小さな魔法のように

 伊勢丹前のサイゼリアは、ミーティングをするのにすっかりお馴染みの場所となっている。どんよりと曇った七月の湿度には、フル稼働している冷房もかなわない。顔周りに張り付く髪がツカサの苛立ちを二倍にも三倍にも膨らめた。彼女のグラスは空だったが、ドリンクを取りに行くだけの気力ももう無い。爪先でグラスをパチンと弾いて、ツカサは小さく溜息をついた。
 もう、何もかもが腹立たしい。大学卒業から六年間、一緒にプロ

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全ての六等星に祈りを

全ての六等星に祈りを

 キーボードの上で微動だにせず眠っている指先を、そっと揺り起こす。耳が痛くなるような静寂の中で生まれる、皮膚とキートップの擦れる微かな音。それ以外の何も生みだされることのないそこで、私は静けさに紛れながら無為な呼吸を繰り返している。

 そっと引き寄せた右手を二、三度意識的に動かすと、鈍くなっていた触覚が少しずつ蘇ってきた。冷え切っていた身体の末端に、ゆっくりと血液が行き届いていくのがわかる。

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