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人間嫌いのヒューマニズム

皆様ごきげんよう、瑪瑙です。
今回はちょっと変わったタイトルのお話です。
人間嫌いのヒューマニズム。
撞着語法的な言葉に思えますが、これは私が人物画にこだわる理由を紐解くキ-ワードなのです。

まず私が人間が嫌いという点についてですが、これは生物学上人類という生物があまり好きじゃない、というのが正しいです。
なにも人間すべてを憎んだりしているわけではありません。
ちょっと苦手意識はありますが。
それでも愛すべき一面も多く持つ複雑な生き物だと思っています。

そんな私がなぜ嫌いなものにこだわって作品制作をするのかというと、自らも人間である人間嫌いな私が人間に見出す愛おしさ、そして美しさは、人間という生き物に残った、純度の高い最上の美しさであると心のどこかでいつも信じているからです。

私が人間に見出す美しさは、人間が揺り動かす微かな精神の動きであったり、個体の数だけ存在する無数の愛の性質にあります。
愛に包まれ救われる人間もいれば愛に翻弄され壊される人間もいて。
その美しく時に醜く牙を剝く複雑な概念を、脳の小さな大脳辺縁系でその物語のすべてを紡いでいるのです。

進化と適応を繰り返したはずの生物としてはあまりに不可解で矛盾ばかりの人間。
私はそこに醜さを感じるけれど。
それでも私はその、人間にしか実現し得ない細やかな精神の動きの儚さに魅入られてしまったのです。
そのほんの淡く小さな電気信号によって生み出す、人生という膨大なエネルギーに、神秘すら感じているのです。

だから私は人物画にこだわっているのだと思います。

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