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母を比較

しばらく親のことからは離れていたため、もはや無の感情になりつつあった。
あるとき母親からLINEスタンプ一つだけ送られてきた。よくわからずスルーした。
その程度には割りきれるようになったのだ。
しかし最近またふつふつと怒りが沸いてきてしまうようになった。
それはきっと私自身が夫の親と比較してしまうせいだ。

出産前後に義母が家に来てくれることに、妊娠中期頃には話がついていた。
初期の時点でどこで産むのか決めるように産院にいわれる。そしてもう私の中ではこその産院で産むとなぜか決まっていたようだ。あれだげこどもができる前は里帰りの相談も実母にしてたというのに。悪いが里帰りする気は実際になったら起きなかった。
義母は私が里帰りしないことを夫を間にして話していく中で知り、それで「もう、そんなこといってたらほんとにいっちゃうよ?」と冗談でいってきた。その義母に対し私はまじまじと本当にきてほしいという趣旨を伝えた。そのため来てくれることになったのだ。
そして現在妊娠後期。いよいよ義母が来てくれる日程も決まった。
私は気が詰まるだろうから、どこか観光に連れていけるところはないか夫に相談しここはどうかな、行きたいとこないかなとやたらと聞く機会が多くなっていた。
しかし夫から言われた。「別に観光のために来るんじゃないし。それなら別日程で予定を組んで俺の親は来るよ。今回は(私)が何かあっても頼れるようにって、目的があってくるんだから」
はっとした。それとともに、私の母親は。とも考えてしまった。
もう6、7年も前の話になるが、私は新卒で入った就職先を4か月目にして辞めることにした。精神的に辛くなったからだ。そしてあれだけ離れたかった親にすがりついた。そして就職先の寮に片付けを手伝ってほしいと実母を呼んでしまったのである。
その後、子供が大変になった、とのことで実母はきてくれたのだが、悲惨だった。
来てくれたは良いものの片付け引っ越しの手続きばかりで観光ができないどこにもいけないと当時私が住んでいたところで泣き叫ばれ、本当は(私から見て)父とやっとの思いで旅行を計画していたのに、それも突然あなたがこうなるから変更してきて、いけなくなって、挙げ句の果てこの現状だと、そんな感じの話をされた。
後に落ち着いた後このときの出来事を振り返り、私はやってしまった。頼る人を間違えたと反省した。夫にもこの話は時々していたのだが
「だから俺行くっていったのに」といわれる。当時、断ったことを心底後悔している。自分のこんなに惨めな姿を見せたくない気持ちがあったから断ったのだが、本当はこの人を頼るべきであった。もうその後も悲惨な姿ばかり夫には見られていて、それでも幾度も助けられた。どんなことがあっても私が壊れていても、離れていかなかった。そんな夫なのである。
夫と私が一緒に住み始めたら、私が急に穏やかになりすぎて怖がられたくらいだ。まもなく一緒に住み始めて一年経つが、未だに「今日の(私)も穏やかだね~」と言われる。
話は戻るがその実家出戻りの件があるため、私は今回出産の前後義母が来てくれることと、その時の実母のことを何故か重ねてしまい、義母が行き詰まらないようにと少し構えてしまったところがある。きっと他人からみれば全く異なる状況で、同様に考えるのはおかしな事であろう。
私の良くないところである。
きっと、実母を呼んでしまったときは、突発的で、元々の実母の予定を変えてまできてもらう必要があったこと、私が精神的にもうやられていて通常の対応ができない状況であったこと(飛び降りたいとかいってた)、その状況の私の心理・発言により実母が悪影響を受けたこと、それを飲み込んで手を差しのべて助けてくれる実母ではなかったため、私に当たり、悪循環であったことが要因となり最悪な状態ができ私と実母の関係は崩壊したのであろう。そして実母はその時の出来事を今聞けば覚えていないというが、私はその事を覚えてしまっており、実母への信頼修繕は現時点で不可能である。
 義母には今回余裕をもって来てもらうことを相談しており段階を経て着々と準備している。
全く違う状況なことを、まずは私が認識しなければいけない。なぜ、昔のこの出来事を思いだし、重ねてしまったのか。
これがトラウマのフラッシュバックというのだろうか。
 妊娠初期の頃も精神的に不安定になったときがある。たいてい実母や家族の話に少しでも触れたことで泣き叫び荒れていた。
それでも以前よりは私は私自身の理解が進んでいたため、「なんでそうなるの?」と聞いてきた夫に「家族の話、特に母っていうワードがだめなの」と話した。かなり急に私が癇癪を起こし荒れたため、「家族のことに触れただけでそうなるの、難しいな」と言われた。
ほんとうに、難しい子だと思う。それでも夫は私を遠ざけることなく、近くで寄り添い優しく包み込んでくれていた。それが理解できたから私は安心できたし妊娠後期まで来ることができた。
妊娠中の情緒不安定は突発的にやってくる。それでも自分がそれを理解してるか理解していないか、周りが理解してるか理解していないかでだいぶその後の立ち直りが変わってくると私は考える。
私は夫の支えがありなんとかトラウマのフラッシュバックもありながらも乗り切ってきている。

だから、そう。義母と実母は違うし、わたしが気にしているトラウマの状況とも違うから本来なら義母と実母を比較できるもんではない。理解しないと。
それでも今回最初に比較して実母は……と考え、実母への嫌悪感が増したし、私から頼ったくせして実母のその時の件がよぎり、恐れて義母を迎えようとしてしまった。
これではまた悪循環である。
あの時はあの時。今は今。
実母は実母。義母は義母。

ちゃんと違う状況だということを認識して、比べられるものではないことを認識して、今を生きなければならない。

実母とは最低限のやりとりをして当たり障りなく過ごしていきたい。そっちのほうがわたしの精神衛生上、良いから。

義母にはせっかくなので、頼れることは頼らせてもらい、遠慮しすぎて逆に迷惑をかけないようにしたい。

ちゃんと、今と向き合えますように。
ばぶ待ってるよ。あと少しで会えるね。私はどんなお母さんに貴方から見えるようになるのかな。
どこかに子どもとして愛されたかった私がいる。
私は自分の子供を愛せますように。

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