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東京現音計画#10 -program note- 資本主義における消費と音と質感


売れる物、売れるコンテンツ、売れる音楽。もっともっと!過剰に……。

資本主義社会に生きる私たちは「売れる」「売れない」の尺度によって、意識している以上に多くの物事や行動、活動、環境が不可抗力的に方向付けられ規定されています。ひとつ公演を行うにも、管弦楽作品を一曲上演するにも、生き方の選択ひとつにも、翻弄されうる私(たち)。当たり前と思っていることでも少しズームアウトして見てみると、この消費構造によってしか実現し得ないような独特の状況というものがたくさんあって、今夜はそこにスポットを当てていきます。

西洋音楽の参照すべき歴史や知性の体系の外側に一歩出てみると、音楽は消費秩序の支配する今のこの世界でどういう意味を持つのか。強力な消費構造の中にどんな音楽や音も回収され消費されうる中で、そうではなく逆に消費構造を外側から凝視してそれを何か結晶化して示すことができないか。そのことを考察する作品をプログラムしました。

街中やマスメディアに限らずネットの世界にも溢れる広告。この音の部分に焦点をあてた《ボディ・オブ・ユア・ドリームズ》を書いたヤコブTVは、メディアにニューミュージック界のアンディ・ウォーホルと呼ばれたというオランダ人の作曲家です。政治的意識を強く持ちアヴァン・ポップという立場から、サウンドトラックと器楽を合わせる「Boombox (ラジカセの意)Music」を提唱し作り上げてきました。

私と同世代でドイツ人のヨハネス・クライドラーはお金や肥大するデジタルデータ、権利の構造に対し直接的に痛烈に切り込んで制作している作曲家です。今夜上演する作品に加えて、例えば、彼の《外国人労働者》 という作品では、彼の作品制作における労働部分を、当時低賃金の国であった中国の作曲家とインドのプログラマーに外注して作られました。総コストは委嘱料を遥かに下回り、全ての権利はクライドラーへ。このような、世界的な資本の流れの経済的な不均衡なしにはつくり得ない音楽を形にし、問うています。

消費構造と音とを意識して音楽と関わるとき、いま舞台では何が起こっていて、普段身の回りでは何が起こっているのか。ポップが何であるか、多数派的感性とは何であるか、「わかりやすい」は本当にわかりやすいのか、一見するとわかりやすさ故に見えにくくさせているその裏側を、コンサートホールという静かに音を凝視できるこの場で、聴き出して、捉えたい。決してひとりとして同じではない多様な感性の聴き手と、共に音を観察できることを、とても幸福に思います。

山根明季子

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曲目解説 ◉ 山根明季子


山根明季子《状態 No. 1》(2018 委嘱世界初演)
Akiko Yamane : State No. 1 

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日本のパチンコホールの空間は、世界中どこを探しても他に類を見ない独特の音響空間を形づくっている。そしてそのような空間が当たり前のように都会から地方までたくさん存在するけれど、その音響においては、騒音であり、煩いものとして一蹴されることが多い。そんな轟音、煩わしいものとして耳を塞がれている音響に、いつも惹かれている。この轟音の中身は、どのような状態にあるのだろうか。音響としては物凄い情報量のもとひとつの持続としての轟音が続くが、発音体であるパチンコ実機のひとつひとつが音を発する目的は基本的には射幸心を煽ることであり、また客たちのギャンブル心が作り出す音でもある。つまりお金をめぐる欲が生み出す音でもある。パチンコ台が何百台も集まって奏でる轟音ドローンの特殊なエネルギーは、いつも自動ドアから音の漏れるパチンコ店の前を通るたびに気になる存在のひとつであり、《状態No.1》ではそれらを内側から見つめるべく、少人数でのプレイからその音や音周辺に起こる事象を観察する。

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ヨハネス・クライドラー《スロット・マシーンズ》(2009 日本初演)
Johannes Kreidler : Slot machines 
für Klavier und Mp3-Player

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クライドラーは「音楽を伴う音楽」という美学を提唱している。それはデジタル化し肥大化する膨大な音楽を参照し、既にあるものを当てはめ再コンテクスト化をするというもの。その手法をハイパーコラージュと呼び、元々の文脈から切り離された断片的なサンプルを生の素材として繋ぎ合わせmp3パートが作成されるが、この曲で使われているそれらは非常に短いためそれが何であるのかひとつひとつ参照することは難しい。また、この曲は、電車内のヘッドフォンから音がはみ出てくるmp3リスナーの在り方も作品構造として引用されている。今回は作者の了承を得て内部奏法を事前録音した版での上演となる。


ヤコブTV《ボディ・オブ・ユア・ドリームス》(2002)
Jacob TV : The Body of your Dreams 
for saxophones & soundtrack 

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生きるために必要な経済活動。常に過剰に促される消費活動。「このダイエットマシーンを使うと、余分な脂肪を取り除いてくれます。なのに、な・ん・と!運動する必要はないし、汗もかかない!あなたが求めるスリムな体を、いとも簡単にそして永遠に手に入れることができるんです!」この曲はアメリカのテレビショッピングの宣伝文句を元につくられたサウンドトラックとピアノで構成された作品。そのサクソフォン四重奏版を今夜は多重録音版で演奏する。広告は、より多くの購買層の気を惹くものでなければならない。ヤコブTVは宣伝文句と器楽を音響的に結びつけ、それはつまり、より”多くの人”の感性と共鳴する音を取り込むことであり、それによって本作品で生じるのは更なる商品購買の助長ではなく”多くの人”に向けた客観視である。


山根明季子《ポッピキューポッパキー》(2012)
Akiko Yamane : Poppi Cue Popper Key 
for percussion

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使い捨て音具を含む、大量生産の工業製品として大きな役割を果たしているプラスチック製品による編成の行進曲。立派とされる音がしない、100円均一ショップや、小中学校で使用するようなものでも事足りる平成日本の凡庸な暮らしに身近な編成の打楽器作品。曲中の型「行進曲」は、私がよく使用するモチーフのひとつで、軍楽や、もっと身近なところでは学校行事など、統制や管理に使用されている。人間ひとりが抗ってはいけない大きな流れをかたち作るもの。そんな行進曲の「一音」を、立派ではない、弱い、赤ちゃんの玩具の様にして一歩一歩よちよち踏みしめる音楽。マイナスに捉えられがちな弱さ、幼さ、未熟さの、ピースフルな側面へのフォーカス。

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ヨハネス・クライドラー / 山根明季子編《チャート・ミュージック》(2009 / 2018 世界初演)
Johannes Kreidler : Charts Music 
for saxophone, tuba, percussion, piano and electronics (arr. Akiko Yamane)

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株価情報を旋律に変換し、誰でも気軽にポップな音楽を量産できる市販のアレンジソフトを使用して作成された音楽。もともとは市販ソフトSongsmithの音源そのままであるが、その後器楽で演奏されることも度々あり、今回は東京現音計画のメンバー編成でアレンジメントしたものを上演する。十二平均律でグラフィカルに割り当てられた旋律を自動的に調性音楽として伴奏づけする市販ソフトの規格化された独特な質感、機械処理の都合で微妙にずれたまま自動的にコード付けされていく構造等を有する。

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山根明季子《水玉コレクション No. 19》(2018委嘱世界初演)
Akiko Yamane : Dots Collection No. 19 
for saxophone, tuba and electronics

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同じ規格で大量に生産されたものや均質化され統制されたものでも、微妙に小さな違い、空間の違い、配置の違い、空気の違い、何番目に見たかの違い、受け止める側の状態の違い、体調の違い、様々な無限の差異がある。この作品の核となるものは「音ひとかたまりの質感」であり、それを観察すること。水玉としたのは元々そのガーリー、幼稚さ、ポップである事等を意識しての題であったが、この19作目のトリオは、三和音と、機能和声上の動きを、ばらばらに重ねたり離したりする形で書かれている。

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山根明季子《アミューズメント》(2018委嘱世界初演)
Akiko Yamane, Amusement 
for saxophone, tuba, percussion, piano and electronics

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持続、ドローンが流れる空間に居ることというのは、私は音ひとつの内側に入り込んでいくことと同意義とする。音ひとかたまりを、その外側から描いたものだとすれば、持続は、音ひとかたまりの内側から描くことになるのではないかと考えている。この作品は、大枠としてそのような状態の持続、ドローンの音楽である。核となるものは「状態」であり、その目的は、音の状態の中に身を置きそのディティールを観察すること。物質的モデルはパチンコホールやゲームセンターなどのアミューズメント空間。音響の模写ではなく、質感の転写を試みている。誰かひとりが指揮的立場にあるのでもなく、五線に書かれたピッチと縦を合わせることを最低限の音楽成立のための最重要項目とする音楽ではない、全体の在り方、状態を作曲する方法をとっている。ひとつひとつアンサンブルメンバー間で聴き合い、または聞き合わずに造り上げていき、結果としての音は演奏の度にディティールが異なる。

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ヨハネス・クライドラー《スタイル 1k》(2018 世界初演)
Johannes Kreidler : Stil 1k 
for saxophone, tuba, percussion, piano and electronics

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「スタイル1」とはクライドラーの規格システムであり、様々な楽器で実現することができる。1kは、東京現音計画ために新しく彼が書き下ろしたヴァージョンで、山根明季子の委嘱により作曲され、今夜が世界初演となる。基本的なコンセプトとしては、ヴァリエーションを生成することであり、その変奏対象としては音楽スタイル、移調、歌と旋律、無限オクターブ等が可聴域を超えて用いられている。音源として使用されているのはマスメディアからのサンプルであり、彼の「音楽を伴う音楽」の実践である。音楽をどう「聴くか」が多く探求されてきた近年の現代音楽から、音情報をどう「処理するか」にうつったと評されたクライドラーの音楽観。その技法がもたらす音響は、聴覚的にシンプルでありながら違和感とともに聴き手に迫り、その内に宿す一音の思想を遡り辿らせる。

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Akiko Yamane web



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