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人間の赤ちゃんて無力すぎないかい?

「うえええ えーえーえー えあー えーえーえー」と叫び声を上げ、右手をじゅぱじゅぱと舐めながら娘が私を見つめている、と思ったら見つめていたのは虚空だった。

「はあああー あーあーあー はうあー あーあー」

足をおっぴろげの形でバタバタと上下させている。股関節は常に180°は確実に開いていて、コの字を左に90°回転させた形になっている。M字開脚どころではない。こらこら女の子なのにはしたない。つーか人間の足ってこういう仕様だっけ。

それにしても赤ちゃんというのはつくづく不思議な生き物である。私が一番不思議なのは、なんでここまでなにもできないんだろうということだ。鹿の赤ちゃんを見よ。生まれて2時間もしないうちに生まれ持ったその4本の足を地につける。

それが人間の赤ちゃんはなんだ。「まだ使ったことのない汚れなきあんよ」と神聖化され、親が2つのあんよをハート型に持った写真がインスタに溢れかえっているではないか(図1)。そのあんよが地面につくまでに季節を3つは過ぎねばならない。そこからまともな二足歩行ができるようになるまでさらに数ヶ月も時間を要する。遅すぎないかい?

図1  汚れなき未使用あんよを親がハート型にもつ写真

鹿をはじめ、草食動物が生まれてすぐに四足歩行するようになるのは敵から逃げるためだという。あれじゃあ肉食動物はどうなんだろうと思って調べてみたら、犬も猫も生後3週目頃に自力で歩けるようになるとのことだ。鹿ほどではないが、やはり人間より遥かに早い。

人間の赤ちゃんが無力なのは足だけでない。今、隣であーあーあーと宇宙と交信するかのようなおしゃべりをしている生後3ヶ月の娘は首も座っておらず、寝返り1つ自分で打つことができない。

自分で自分の体の向きも変えられないなんて、動物としてこれどうなの?完全に欠陥ではないか。しかも人間、受精から10ヶ月もママのお腹の中で過ごすわけでしょ。猫を見たまえ。妊娠期間はわずか2ヶ月ぞ。しかも五つ子。

気分転換に娘をベビーカーに乗せてお散歩に出てみよう。娘はむっつりとふんぞりかえって安全バーのところに片足を乗せている。なんだこのでかい態度は。まるで輿で運ばれるお姫様だ。しかもちょっと感じ悪いタイプの王族。

生まれてから何ヶ月も自分ひとりの力で移動することもできず、大人に運んでもらわなくてはならないなんて。そういうのってさ、コアラやカンガルーみたいな有袋類の特権なんじゃないの。未熟で未発達で生まれてくるからママに守られながら育つタイプの動物。

人間はつくづく、自然界の弱者だなぁと思う。だけど弱いがために脳が発達したんだろうな。身体のうち脳機能を高度に発達させることが自然界における人間の生存戦略だったんだろうな。ベビーカーを押しながら、しみじみと夫と頷きあった。

娘が生まれてから自力でできたのは、私のおっぱいを探し出して吸い付くことだけだと言ってよい。あれには驚いた。

誕生後すぐ(といっても低体温で生まれた娘は別室で温められていたので、1時間以上抱っこさせてもらえなかったのだけど)無事にあったまった娘が連れてこられて、カンガルーケアと呼ばれる早期母子接触で私の胸元の素肌の上にちょこんと乗せられた時のこと。それが私と娘の初対面なのに、娘はまだ半分おめめもあいてないような虚な表情なのに、ママのおっぱいの匂いがわかるんだろうね、口元だけものすごく大きくあいて、がぷりと乳首を咥えて吸い付いたのだった。

それからずっと、おっぱいをあげようと娘を抱き上げながら服をはだけると、「ハッハッハッハッハ!」とまるで興奮した犬のような荒い息遣いで、口をあんぐりさせながら首をブンブン左右に振りまわしている様は動物そのものだ。この時のギラギラした目つき、まさしく生存がかかっている形相だ。

そうかぁ、そうだよね。人間も動物だもんね。私だって動物だった。これまでお飾りだった自分の胸から子どもを育てる乳がちゃんと分泌されるなんて、不思議も不思議。そんで、何時間も母乳をあげないでいるとカチンコチンに胸が固くなって、産んでなお身体的に子どもと結びついていることを自覚させられる。

動物ってすごいなあと、赤ちゃんを産んでみて今まで考えたこともなかったような世界の見え方を知った。


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