少女は卒業しない?([少女庭国]/矢部 嵩)

「そういうのどう思う。私は好きだったな。自分が当事者になったらどうしようってずっと思ってた。あなたもそうなのかな?」

――p239より引用

Q.あなたにとって、庭とは?


A1.手入れするものです。


A2.鑑賞するものです。


『[少女庭国]』において、A1は作中に登場する少女達。A2は彼女達に“卒業試験”を課した者、および読者である。

画像1

(“卒業試験”の概要)


卒業式を迎えるはずだった少女――たとえば、最初に登場する仁科 羊歯子は、気付けば扉が2枚だけある密室に閉じ込められている。そして、上記の“卒業試験”に巻き込まれたことを知る。


さて。扉が2枚とはいえ、開くのは片方だけだ。その扉の先には、やはり羊歯子が目覚めた部屋とまったく同じつくりであり、そして彼女同様に眠っている少女が一人。


次の部屋も、そのまた次も……。


そして、少女が2桁に達した辺りで、“卒業試験”を突破するにはどうすればよいのか、ふり返らざるを得ない。


“卒業試験”を合格するために――この不可解な空間から脱出するために、するべきことは、ただ一つ。


自分以外の目覚めた人間を、「死んだ卒業生」にすること。すなわち、自分以外を殺害するか、自死してもらうかだ。


ただし、これはあくまで、脱出のために必要な手はず。


「先のどちらも選ばない」という選択肢もある。


この空間に、居を構えることだ。


(「“卒業試験”を無視し、出口に辿り着くまで扉を開け続ける」選択肢もあるが、これが最も愚かであることは早々に判明する。)


ここで、この物語のタイトルに立ち返ってみる。


『少女庭国』


『“帝”国』じゃなく『“庭”国』であるところに、厭らしさを感じる。


少女の少女による少女のための帝国。


それは、ことばの響きに準じた甘いものではない。


何せ、全員卒業式に参加する直前の姿で、試験会場に拉致されたのだ。


それに加え、脱出を推奨するこの空間に、生活するために必要なものが揃っているはずがない。


だから、自分達で何とかするしかない。


住まいも食事も、「自分達」で……。

たとえるならその違和感はだいたい二十代くらいの視野も生活も狭そうな人間が書いた、小説の中にでもいるかのような薄っぺらい感覚だった。

――p193より引用

一度国を作り上げると、脱出はほぼ不可能になる。


国ができたということは、それほど多くの少女が存在することになる。


その全員を死んだ卒業生にするのは、無理な相談だからだ。


少女達は、年を取っていく。


大人になり、老人に近付いていく。


しかしそれは、少女達が元々いた世界で大人になることとは違う。


少女が作り上げた世界で生きる少女は、いつまでも少女だった。


ただ年を重ねることだけが、変化だ。

つまり千人で殺し合いとかなら出来やしないから、ドア全部開けて試験とやらごと全部おじゃんにしようとしてたの。

――p90より引用

Q.あなたにとって、庭とは?


A1.手入れするものです。


A2.鑑賞するものです。


「少女」とは、一過性のものだ。


いつまでも、留まるべき場所じゃない。


それなのに、“庭”を用意し、「少女」を閉じ込め、彼女達の反発や諦観を観察するなんて、悪趣味だ。


卒業しない少女達を愛でる読者は、本当に。

3/2更新

[少女庭国]/矢部 嵩(2019年)

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