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【短編小説】 きいちゃんの魔法のカギ

 きいちゃんはカギを持っています。
 きいちゃんのカギはなんでも開けることができる魔法のカギです。
 きいちゃんが魔法のカギを差し込んでガチャリ!と回すと、どんなものでも開いてしまうのです。

 ある時、きいちゃんはお散歩中にペットショップを見つけました。
「まぁかわいい。みんないっしょに遊びましょう」
 きいちゃんは犬や猫、トカゲ、小鳥などなど、目についたケース全てに魔法のカギを差し込んで、ガチャ!ガチャ!ガチャリ!と開けてしまいました。
 きいちゃんは動物たちみんなと仲良くなり、動物たちはきいちゃんの後をついて歩いたので、町の人たちはびっくりしました。

 またある時は病院に行きました。
 きいちゃんは怪我をしている人を見つけるたびに、ガチャリ!と痛いところを開いて痛みを取り出してあげました。
 病気の人なら、胸やお腹をガチャリ!と開けていっしょに悪いものを探してあげました。
 そうしていると待合室にいた人が次々と帰ってしまったので、お医者さんや看護師さんはのんびりお茶を飲むことができました。

 今日はどこに行こうかしら。
 きいちゃんが歩いていると、どこからか、子供の泣き声が聞こえてきました。

 ぐすん…ぐすん…

 声のする方へ行ってみると、膝を抱えて泣いている小さな男の子がいました。
「どうして泣いてるの?」
 きいちゃんが話しかけると、男の子は悲しそうに言いました。
「おばあちゃんが死んじゃった。ぼく、大好きだったのに」
 きいちゃんは男の子がかわいそうになりました。
「悲しみを取ってあげましょうか?」
「悲しみを取ると、どうなるの?」
「悲しいことを思い出さなくなるわ」
「おばあちゃんのこと忘れちゃうってこと?」
「全部じゃないけどね」
「そんなのってないよ。おばあちゃんのこと忘れるなんて嫌だよ」
 きいちゃんは男の子の頭を優しくなでてあげました。
「私のおばあちゃんもね、死んじゃったの。おばあちゃんが言ってたわ。
 心が悲しみでいっぱいになると、楽しい気持ちや嬉しい気持ちが心に入れなくなるんだって。悲しみが心にあるうちは元気も出てこないんだって。
 たくさん悲しんでもいいの。だけど、まずは元気にならなくちゃ。悲しいことは、元気になってから、ときどき思い出してあげるくらいがちょうどいいのよ。って」
 きいちゃんは男の子の胸をガチャリ!と開けて悲しみを取り出し、男の子に渡しました。
 男の子は涙をふいて、悲しみをぎゅっと握りしめました。
「ありがとう。この気持ちは大事に取っておくよ」

 きいちゃんはその夜、おもちゃ箱の底から古ぼけた悲しみを引っ張り出しました。
 悲しみを見つめていると、おばあちゃんとの思い出がひとつひとつ胸に浮かび、同時に、おばあちゃんがもういないことも思い出して、とても悲しい気持ちになりました。
 きいちゃんは少しだけ涙を流しました。悲しみが、取り出した時よりもほんの少し小さくなったような気がしました。
 きいちゃんは悲しみをおもちゃ箱に戻してベッドに入りました。
 明日はどんなものを開けようかしら。そう考えているきいちゃんの顔はニコニコしていました。



(この作品はマグネット!、アルファポリス、ノベルバ、エブリスタ、noteで公開しています)

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