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【短編】 赤ちゃんは危険な

 道路で信号を待っていたら、隣にいた女性が、いきなり赤ん坊を差し出した。
「この子はあなたに預けます。問題が解決したらきっと迎えにいきますから、どうか今はこの子を預かって下さい」
 私は、突然のことでいろいろ頭が混乱しているうちに、会社の、貴重な昼休みが終わってしまった。
「その赤ちゃん、君の子?」
 会社の上司だ。
 私は、状況をかくかくしかじか説明した。
「ふーん、よく分からないけど、わたしのマンションに空き部屋があるから、君と赤ちゃんが一緒に住めばいいよ」
 いや、私は警察に相談しようと思っていて。
「うーん、でもその子は君を信頼して預けられたわけでしょ。じゃあ、そのお母さんが戻ってくるまでは、君がちゃんと預からないと」
 まあ、その通りですが。
「赤ちゃんを受け取った以上、君には面倒を見る責任がある。嫌ならその場に捨てればよかった」
 そう変に言いくるめられ、他にどうするあてもない私は、会社の上司のマンションの一室で赤ん坊の面倒を見ることになった。
「君は、しばらく出社しなくてもいいように調整しておいたから、とりあえず赤ちゃんの面倒をみなさい」と上司。
 まあ滅茶苦茶な命令だけど、給料はちゃんと貰えるみたいだから、これも仕事だと思えばいい。
 
 私は、ネットで赤ちゃんの育て方をいろいろ調べて、一生懸命その通りにやっていた。
 でもその赤ちゃんは、いきなり体が浮遊したり、小さな指先からビームが出て壁に穴を開けたりするのだけど、ネットで調べてもその原因が全く分からなくて混乱した。
「きっとそれは一般的な赤ちゃんの特性ではなくて、超能力の類でしょ。あたしにもよく分からないけど、まあ頑張ってよ」
 えーと、赤ちゃんの浮遊現象はまだいいとしても、破壊力のある指のビームに当たったら、私は怪我したり死ぬかも知れないんですけど?
「まあそれも君の人生なんじゃない? 死んだら、線香の一本ぐらいはあげるから」
 
 私は、上司の無責任な態度に我慢できず、部屋に辞表を置いて、赤ちゃんを警察に持って行った。
「あの、赤ちゃんと言われましても、どう見ても大人の女性なのですが?」
 交番の警官は、困惑した顔でそう言う。
「すみません、父がご迷惑をおかけして。こういうことがたまにあるのです」
「あはは、何も気にする必要はありません。世の中には色んな事情を抱えた方がいますから」
 交番のカレンダーの西暦を見たら、もう二十年も時間が過ぎていた。

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