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慎重なリアリストの孤独【強さと弱さを併せ持ちたい】

農民の身から国の頂きにまで上り詰めた人間といえば、想起するのはだれだろうか?

おそらく「豊臣秀吉」のはずだ。
その秀吉は天下統一後、明の征服を目指していた。

その明の初代皇帝を知っているだろうか?

彼の名は「朱元璋」。

秀吉と同じく、農民の身から中国の皇帝にまで上り詰めた男だ。

僕が彼に興味を持ったのはその出自もだが、皇帝になった後の行動だ。
彼は圧倒的なまでのリアリスト、そして慎重だった。

高すぎる能力と適応力

明の前は”元”の時代だ。
フビライ・ハンとかのあれである。

つまり朱元璋は元王朝を倒して、明を立ち上げた。見方によっては漢民族の英雄である。

しかしその人気はあまりよくない。むしろ悪い。

皇帝になった後の彼はあまりに非情に見えたからだ。大粛清も行っている。
反体制側だったのに、体制側として力を振るったことの矛盾を指摘されている場合もある

しかしそれは「適応」だった。

フィールドが「戦争(革命)」から「政治」に切り替わったのだ。
朱元璋はそれを明確に認識し、必要な行動をとっていった。

重用する部下が変わるのも頷ける。戦えるやつより政治に役立つやつの方が重要になるだろう(粛清が許されるわけではないが)。

さらに朱元璋は農民出身であるからか、農民の統治が非常に上手かったらしい。賦役黄冊や魚鱗図冊、儒教道徳の浸透などを駆使し、農民たちを見事に統治した。

だが彼は慎重だった。農民という出自をコンプレックスに思っていたのかもしれない。

加えて優秀過ぎた。
高すぎる能力 × 慎重すぎる性質が彼を孤独にしていく。

孤独な政治と秘密警察

朱元璋は中書省を廃止、六部を皇帝直属にした。

これは日本の内閣にいるさまざまな大臣を一人でこなすようなものである。
普通はできない。

しかし彼はできてしまった。

さらに彼はこの時代において既に秘密警察を組織し、臣下を監視していた。脅威となる者は即粛清対象だ。

朱元璋に言を通せる数少ない人間である妻・馬皇后が死んでしまった後、彼の苛烈さは加速することになる。

結局、死ぬまで功臣を殺し続ける日々だったという。

他人を信頼できる強さ(弱さ)

朱元璋はその実力も実績も凄まじいものだ。

しかし彼は他人を信じることができなかった。
最悪なことに、信じなくても回せるくらいの優秀さがあったわけだ。

僕らには他人を信頼できる強さが必要なのだと思う。

誰かを信頼して任せることは、何でもできる人からすると怖いのかもしれない。それでも信じて任せなければ孤独になってしまう。

またそれは同時に弱さでもある。
誰かに助けてもらえるのは弱さがあるからだ。

僕らは弱さを隠したがるが、その弱さこそが人と協力するきっかけでもあるのだ。

朱元璋はその「強さ」によって憧れられるべき人間だ。

しかし「弱さ」を示せなかったゆえに共感を得られなかった。同時に他人に共感せず、信頼できなかった。

強さを弱さを併せ持つ人間になりたい。

学習のアーティストを目指してます。学習ノウハウの体系化・学習体験のコンテンツ化を通して、学習者のレベルアップを手伝います。現状、お金よりも応援がほしい。