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ジェンダーフリーになると何が困るの?

普段はほとんどネットしか見ないので、週末はじっくり新聞を読むのが日課なのですが、最近はジェンダーに関する話題が本当に多いですね。

記事自体ももちろんですが、コラムとか特集とかで紹介されている人物写真がそもそもジェンダーフリーなファッションで、一見すると男性か女性か分からない構図が見開き紙面でお隣どうしだったので、思わず見入ってしまいました。

よく見ればもちろん性別は判別できると思いますが、女性がメンズカットでワイシャツ&ネクタイ姿で映っていたり、その隣り記事の男性がかなり長髪でうっすらメイクをしていたりしたら、人によっては一瞬立ち止まってしまうかもしれません。



でも、時代は変わりました。

この方々は、堂々と専門家や有名人としてコメントしたり、取材を受けたりしていますし、たとえ表記された氏名とパッと見の姿に違和感があったとしても、とりわけそれが問題になるご時世ではなくなりました。

この点、冗談でなく昭和の時代だったら、ほぼ間違いなくどなたからか新聞社宛に面倒な照会が入っていたのは間違いないと思います。



そもそも、ファッションにおいてジェンダーフリーになると何が困るのでしょうか?

結論的には、私は何も困らないと思います。

先日のnoteでメンズカットブームについて書きましたが、今はジェンダーレスなファッションがかなり流行っています。

10代後半から20代くらいの女性のファッションを見ていても、パンツルックの比率はかなり高まっていると感じます。



それでだけでなく、メンズが長髪にしてメイクをしてレディース物をからめて着る姿もかなり増えていますが、この傾向はさらにこれからも続いていくと思います。

今や、都市部では一見すると外観からは性別が分からない、声を聞いて初めて確信を得るという人は本当に多いので、もはや男性は男性ファッション、女性は女性ファッションが絶対的という時代は事実上終わりを告げているように感じます。



振り返って考えると、もともと性別によって着るものが勝手に決められるような風潮の方が行き過ぎだったといえるのではないでしょうか。

ジェンダーを超えてファッションをたしなむようになると、単純に自己表現の幅がひろがるだけでなく、今までは触れることができなかったこと、気づかなかったこと、開花されることがなかったことに足を踏み入れることができます。



女性が男性ファッションを取り入れると、単純にものすごく身体的・機能的 にラクです。

スカートやパンプスから解放された身軽さだけでなく、いわゆる女性オーラから一時的に自分を解き放つことができる実感を味わうこともできます。

さらに社会的に女性として扱われる雰囲気が薄らぐことで、今までになかったような自主性や自発性が内から芽生える効果もあります。

この世界観の変化は言葉にする以上に大きな発見であり、やはりまだまだ世の中は女性をマイノリティ扱いしているのだということを、肌感覚としてしっかり体現できると思います。


逆に男性が女性ファッションを取り入れると、今までの人生では決して出会うことがなかった色彩や素材や表現のバリエーションや厚みを体現することができ、文字通り根底から世界観がひろがります。

たかがファッション、されどファッションなので、身につけるものが変わり、所作が変わるだけで、理屈ぬきに感じ方やとらえ方がまるで変わっていくものなのです。

この点、今の社会は男性中心に構成されていますから、もともと男に生まれた人は女性的な表現を知らず知らずのうちに誤解しがちですが、ふと触れるうちに本当の価値のすごさを痛感することも少なくないと思います。

妻や母や娘や女友達などの気持ちを今まで以上に身近にリアルに感じられることで、つまらないことですれ違ったり、たかが性別が違うという理由で疎外するようなことが飛躍的に少なくなるかもしれません。



ジェンダーフリーな表現をすることの危険性とは?

きっと多くの人が男性が男性的な表現、女性が女性的な表現をして生活していかないと、本来の男性としての役割、女性としての役割が十分に果たせなくなって、社会が混乱するのではと懸念しているかもしれません。

ただでさえ深刻な少子化に拍車がかかる時代に、男は男らしく、女は女らしくという価値観が揺らいだら、さらに歯止めがかからなくなるのではないか?

そんなふうに心配したり、何となくネガティブなイメージを持つ人は多いと思います。



でも、私は必ずしもそうは思いません。

ちょっと語弊のあるいい方ですが、ものすごく男らしい男と、めちゃくちゃ女らしい女が結婚するから、たくさんの子どもが生まれるのでしょうか?

世間で誰もが認めるような美男美女カップルのほとんどはおしどり夫婦になって、失礼ながらそうでもない夫婦は喧嘩がたえないのでしょうか?

きっと、そんなことはないですよね。



結論。自己表現としてのジェンダーフリーには、大きなメリットもあるけど、もちろんデメリットだって付きまとう。

だから、自己責任できっちりと大人の判断をして、実践していくことが大切。

無責任な判断で自由気ままに振る舞ったり、理解が難しいような表現をとったら、やはり社会的な信用を落とすことだってある。



でも、だからといって、従来の社会のように、男性=絶対男性ファッション、女性=絶対女性ファッションという社会規範をこれ以上頑なに維持することはできないし、そんな規範はもう実際にはかなり壊れかけている。

このあたりの全体を冷静に見わたして、自分が表現することのメリットや可能性をしっかりと認識できるのなら、今の時代に躊躇する理由は何もないと思います。

むしろ、時代が変わったから無理にそれに合わせる生き方より、変わりつつある時代に自分の心に素直に寄り添っていく生き方の方が愉しい。

私は、いつもそう思っています。

学生時代に初めて時事についてコラムを書き、現在のジェンダー、男らしさ・女らしさ、ファッションなどのテーマについて、キャリア、法律、社会、文化、歴史などの視点から、週一ペースで気軽に執筆しています。キャリコンやライターとしても活動中。よろしければサポートをお願いします。