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寸志怒りの短編

年末が近づいてきた。佐藤の勤める会社の社員は心浮立った。賞与とは別に、毎年社長が年末休暇前にちょっとしたプレゼントを全社員にくれるのである。それは、社長のありがたい訓示が印刷された卓上カレンダーと社長の画像入りクリアファイル(両方在庫処分)に、ポッキーやカントリーマアムなどのお菓子の入った、額にして千円ほどの詰め合わせである。

たった千円ではあるが、賞与の無い派遣社員(全社員の半数を占める)にとっては、これがありがたい賞与代わりなのである。賞与ならぬ寸志と彼らは呼ぶけれど。ところが昨年から様子が一変した。コロナ禍のため社員のほとんどがテレワーク勤務となったためだ。SVからメッセで御達しが来た。

お疲れ様です。さて、今年もプレゼントが本部から届きましたが、皆様にお届けする準備時間が無いので(本音は送料をケチりたい)、大変心苦しいのですが、添付のエクセル表でアンケートを取りたいと思います。

①プレゼントが欲しいので〇月〇日オフィス勤務にして持って帰る。(希望日を記入して下さい)
②プレゼントは不要なので福祉施設に寄付する。

年末、ちょうどコロナ感染者が増大していた頃である。カレンダーとかは要らないが、お菓子は欲しい・・・けど、都心に向かいたくないなあ・・・ということで、テレワーク者の全員がエクセル表に②を付けた。オフィス勤務を選択すれば、もちろんその日の交通費は支給される。中には、①にしたいけどみんな②にしてるからなあ・・・意地汚い奴と思われたくないし・・・という同調圧力で②にした者もいる。

ところが、意地汚い奴が一人だけいた。正社員の●●氏である。彼は佐藤の所属する部署の最年長で、あと数年で定年という御年であり、佐藤たちの作ったカタログの納品を担当している。この部署に配属される正社員は全員、カタログ作成と電話受付の研修を受け、どちらも対応できるよう教育されるのだが、●●氏は何だかんだ理由をつけてこれを拒否した。

プライドの高い彼は、何か失敗して、注意されるのが何より嫌なのだった。それならばここに置いておけない、ということで本部にやられたのだが、本部でも使い物にならなかったと見えて、佐藤の部署に戻されたのだった。

カタログ作成にはその前段階に入力作業がある。店舗から送られてきた書類の文字をひたすら打ち込んで、簡単なツールでパワポで動かせるテキストに変換する作業だ。難しい技術が不要で、今日入社した者でもできるので、●●氏でもできるだろうとの本部の判断だった。●●氏はしばらくはおとなしく入力作業を行っていたが、徐々に、入力メンバーに対して居丈高になってきた。

「飲料のウーロンっておかしくないかね。ウーロン茶にしないと」
「それは作成者さんに任せています。原稿通りに入力してって言われてますので・・・」
「テイクアウトの消費税が10%っておかしいだろう。低減税率対象なのを知らんのかね」
「入力の段階では10%で大丈夫です。すみませんがまずQ&A集を読んで下さい」

もとより●●氏は、下とみなした人間には尊大に出る癖があり、それが彼が嫌われる最大の理由なのだった。入力メンバーは怒った。Q&Aも読まずに質問してくるのがウザいし、高待遇の●●氏が時給900円の自分たちと同じ作業をするんですか!? という訳だ。

SVは頭を抱えた。そこで、1次チェック、2次チェックの終わった「もうチェックする必要のない」カタログを納品する作業を、●●氏に任せることにした。納品自体は、簡単なクリック操作で済む。だが「納品漏れ」とか「納品日時まちがい」を起こされてはたまらないので、SV、LDがつね、気を抜かず監視しなければならない羽目になっている。

作成者がカタログ作成でミスを犯し、至急納品になる場合、納品担当者に依頼する必要がある。

●●さん、お疲れ様です。
ID:Dm0833861 
ミスのため、至急納品フォルダに保存しています。
お手数ですが至急納品を宜しくお願い致します。


了解しました。ご注意願います。


↑ この画像、メッセに付いてた原寸大である。・・・😠ってなんなんだ。高みの見物のあなたに言われたくないやい。一例を挙げたがこれは氷山の一角。まだまだある。やってもやっても終わらない案件、ミスはいけないけれど、時間が無く目も疲れ、どうしてもチェックが甘くなってしまう。ミスをしたくてする人間はいない。なぜ傷口に塩を塗る行為ができるのかこの男は。後輩たちの羊よりもデリケートな心情を思いやる気持ちが無いのかこの男は。彼らの努力でこの部署は成り立っているというのに💥💥


アンケート表のなかで、①をつけたただ一人の人物、●●氏。彼は元々、オフィス勤務希望だった。ヨメや子供から邪険にされていて家に居づらい。テレワークだと交通費が支給されないので、定期詐欺(●●氏のように遠方から来ている者は6ヵ月定期で買うと1年で10万円ほど黒字になる。これをジョークで定期詐欺と呼ぶ)ができなくなる。この2点が理由との噂だった。

しかし会社としてはテレワークを推奨している中、正社員がそれを実践してくれないと、他の者に示しがつかない。それに納品作業はテレワークでも十分にできる。それで「半ば強制的に」テレワーク勤務にさせられたのであった。

さて、アンケート表にはもちろん名前もばっちり載っている訳で、若年の全ての者が「プレゼントは福祉施設に寄付して下さい」とする中、「プレゼントもらいに会社行きます」と宣言できる神経は、いったい如何なるものなのか。人の勝手ではあるけれども、悪く言えば意地汚い、よく言えば神経が太い。なるほど、像の足のように神経が太いのは、生き抜くうえで有利に働くとみえる。

ここ強調したいのだが、●●氏の年齢(定年間際)で終日PCとにらめっこする仕事は、そりゃキツイだろうと思う。年齢がいってから細かいルールを覚えるのはこちらの想像を超える労力だろうし、目を酷使するので、我々もかなり視力が悪化した。それに誰しも、仕事の向き不向きは絶対にある。コンプライアンスがどうのこうの。労働基準監督署。だから、まあ、仕方がないのである。高待遇の●●氏が入力や納品なんかの簡単な作業をずっとやっていても。それを仕方ないと思えなくさせるのは、作成マスターに滂沱する心弱き者たち、売り上げを維持しようと必死に奮闘する後輩たちの苦労を顧みず、ぬくぬくと、世界の中心に自分がいると信じている●●氏自身なのだ。

それにしても、仕方がないとは便利な言葉である。
「あの人はああいう人だから、仕方がない」

②を付けた佐藤であったが、年が明け、どうしても会社に行かねばならない用事が出てきた。佐藤だけ支給が遅れていたテンキーを受け取りに行くためである。休日に行くので廊下で渡して下さい、とお願いするも、それは出来ないので勤務日に来て欲しいとのこと。そこで平日、1月20日に佐藤は会社に向かった。仕事を終え、オフィスを出ようとした佐藤にSVが声をかけた。

「そうだ、佐藤。せっかくだからプレゼント持って帰れよ。まだ寄付する前だから」

しかし佐藤は断った。糞真面目な彼は、一度約束したものを違える事に気が引けたのである。階段へ続く角を曲がったところで、先にオフィスを出た●●氏と出会った。偶然、勤務日が一緒だったのである。●●氏はプレゼントの袋を提げていた。

「やあ、佐藤君。君、プレゼント貰わなかったの?」

●●氏は快活に声をかけてきた。佐藤は嫌味にならないよう気をつけながら、「寄付するに〇つけたので・・・」と、小声で、曖昧に返事をした。

「君、糞真面目だなあ。せっかく来たんだから貰っときゃいいのに。そうだ、これ、あげるよ」

●●氏は袋の中に手を突っ込み、一本の菓子を佐藤に差し出した。接触は厳禁なのに・・・結構ですと言う佐藤に●●氏は無理矢理菓子を掴ませ、サイナラと手を振って、階段を下りていった。佐藤は菓子を見た。セコイヤチョコレート。

セコイヤチョコレートは嫌いではないけれど、複数ある菓子の中で一番低価なこれを選んで渡す神経は、やはり、並のものではなかった。「せこい屋チョコレート」・・・●●氏は自分でもちゃんと自分を理解しているのかもしれない、と佐藤は思った。




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