816 心の贅沢
こんにちは!
(一社)全日本ミニマリスト協会です。
【心の贅沢】
ーーーーー
自分にとっての『贅沢』とは何でしょうか?
・高級車に乗ること
・回らない寿司を食べること
・お昼まで寝ること
・夜中にカップラーメンを食べること
・何もせずにぼーっと過ごすこと
様々な形で人それぞれの贅沢があると思います。
もちろんどれが良い悪いの話ではなくて、どんなことを贅沢を感じるのか?を明確にしておく必要はあると思います。
でないと、人はすぐに慣れてしまう。
要は年収があがっても生活水準をあげたらそれに慣れてしまうように、贅沢にもすぐ慣れてしまうのです。
毎日回らないお寿司を食べてたら人は慣れるのです。
悪く言えば飽きてしまう。
何が贅沢で何が贅沢でないのかがわからなくなってしまうのです。
慣れてしまうことをあらかじめ理解していれば、自分はそうならないと思いながら生活できるかもしれません。
贅沢と聞くと、今の自分に対して何かプラスの要素を与えることが思い当たることが多いです。
・食べる
・買う
・手に入れる
それはつまり、今の自分に贅沢なことは何もないと思える要因にもなってしまうのです。
ーーーーー
ただ、よくよく考えてみれば『毎日生きていること』さえももしかしたら贅沢かもしれません。
『生きていること』に慣れてしまっているかもしれません。
今が、十分に『贅沢』なのです。
すでに贅沢の中に毎日生きていて、贅沢の中で生活しているのです。
僕はこれを『心の贅沢』と呼んでいます。
何か自分に対してプラスにすることも十分な贅沢なのですが、
すでに今あること、持っている物に対して感謝することで改めてそれが【十分に贅沢である】と認識できるのです。
ーーーーー
何かを得ることは確かに贅沢です。
普段の生活との差があるからこそ、より贅沢に感じるし、その幅が広ければ広いほどに贅沢加減が増します。
しかし、慣れてしまうが故に次から次へとまた物が欲しくなり、
徐々に徐々に≪贅沢のハードル≫があがってします。
最初は100円の回転寿司が贅沢だったはずなのに、回らない高級寿司が贅沢に変わり、それがいずれ当たり前になってしまう。
それはある意味では、人生の寂しさなのかもしれません。
一口目が一番美味しくて、その美味しさがいつまでも続けばいいはずなのに、慣れてしまうから美味しさを忘れてしまう。
それと似たようなものです。
でも、慣れることを知っているからこそ、そうならないように考えることができる。
それもまた人間というもの。
贅沢になれないようにするには、今ある物や事、人間関係などにいつでも感謝する気持ちを持つことです。
ただそれだけで、この毎日が当たり前ではないことに気付ける。
何気ないことがすごくありがたいことに気付ける。
ありがたいとは、有ることが難しいこと。
今目の前にある当たり前に、まずは感謝できるような人になりたいものです。
当たり前は、決して当たり前ではない。
変化しない物がないという事実が、唯一変わらないこと。
今日を生きていること、明日朝起きれることに、
ほんの少しだけ想いを乗せてみましょう。
一日が少しだけ豊かになった気がしますよ。
----------
累計で25万ページ以上読まれているミニマリストの書籍をKindleで出版しています。
公式LINEのご登録、よろしくお願いします!
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?