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「ふたりの王子」試し読み

今年の文学フリマ大阪と通販で短編集「ガールズ・ロンド」を頒布する予定です。
こちらの記事は「ガールズ・ロンド」に収録予定の「ふたりの王子」の試し読み版です。
作業中につき、細部が変わる可能性があります。ご了承ください。

文学フリマ大阪と通販で頒布予定の同人誌の情報は、この記事にまとめています。

「ふたりの王子」

 僕の高校には、少し不思議な習慣がある。我が校は女子校なのだが、二年生になったら、スピーチ大会がある。その大会で、〝学年の王子〟を決めるのだという。
 王子候補というのは、もう既に選ばれていたりする。
 ひとりは、同じのクラスの綾瀬(あやせ)雪(ゆき)。茶色がかった髪が特徴の、まさに王子様のような甘いマスクを持った女子だ。背も高くて、声も女性にしては低い。女子校の王子になるのも、納得の容姿だった。性格も大変よろしくて、彼女は困っている生徒がいたら必ず声をかけるような、博愛精神の持ち主だった。
 今年の王子はあの子で決まり、とみんな噂をしている。しかし、対抗馬がいるらしい。
 その対抗馬こそ、この僕――藤川(ふじかわ)朔(さく)なのだった。
 僕は綾瀬さんとは違って、あまり協調性もないから図書室にこもって本を読んでばかりいた。そのせいか、図書室の王子なるあだ名がついていたらしい。
 みんなは僕が、しゃれた文学を読んでいると思っていたようだが、実際は高校生らしくラノベをたしなんでいたのだ。
 ヘルマン・ヘッセやドストエフスキーを読んでいたら、彼女たちのイメージも壊れなかっただろうに。王子候補の話……つまりスピーチ大会に参加してほしいと担任に請われてから、僕は慌ててカラマーゾフの兄弟を読み始めたが、三ページ目で挫折してしまった。何か聞かれたら、ロシア文学は苦手なようだ、ってニヒルに答えよう。
 しかし、どうして僕が選ばれたのだろう。
 僕は休み時間にトイレで、洗面台の鏡と向き合っていた。
 二年になってから、長い髪が面倒だからという理由でショートカットにした髪が、思いのほか似合っていたのだろうか。
 されど、僕は綾瀬さんとは違って人気者とはほど遠い。本当に僕でいいのだろうか。
 スピーチ大会に出るのは、綾瀬さんと僕だけで、全校生徒の投票によりどちらかが選ばれる。
 去年、僕も投票する側で参加した。スピーチをした先輩は、三人だった。みんな麗人と呼ばれるにふさわしい、凜々しく美しいひとばかりで、誰に入れるか迷ったものだ。
 ぼーっと自分と相対していると、女子二人組が入ってきた。
「あっ。藤川さんだ!」
 かわいらしい女生徒が、僕に気づいて黄色い声をあげる。王子候補に選ばれてから、僕は少し有名になったらしい。
「スピーチ大会、頑張ってね」
「あ、ああ。ありがとう。頑張るね」
 にっこり笑うと、彼女はきゃーっと叫んで一緒に入ってきた女生徒に「藤川さんと話しちゃった!」と言っていた。
 いたたまれなくなって、僕はこそこそと、トイレから出て、一息つく。
「やれやれ……」
 いきなり注目されはじめる、というのは心臓によくない事態だった。

 下校し、玄関の門に手をかけた時、「さーくっ」と元気な声が響いた。
「梨々花(りりか)!」
 親友の姿を目にして、僕は思わず口元を綻ばせる。
「いきなり、どうしたの」
「〝ミラージュプリンス〟のコンサートチケットが当たったから、直接知らせにきたのよ!」
「うそっ! ミラプリのコンサート!? やったー! 当ててくれてありがとう!」
「ふふふ、あたしの豪運に感謝しなさいよ、朔。愛しのエリク様……の中のひとを、生で拝めるチャンスよ!」
「嬉しいー! 梨々花、うちに寄ってく?」
「もちろん。朔と久々にオタトークしたいもの」
 僕は梨々花と一緒に家に入った。玄関で、梨々花が「お邪魔します!」と言うと、リビングから母が顔をのぞかせた。
「あら、梨々花ちゃん。すっかり、垢抜けちゃったわね。朔も少しは見習ったら? 男の子みたいじゃない」
「う、うるさいな。行こう、梨々花」
 梨々花を促し、僕は二階にある自室へと向かった。
 梨々花に少し待ってて、と言い置いて、僕は一階に飲み物とおやつを取りにいった。

【続きは製本版でお楽しみください】

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