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瞳の先にあるもの 第15話(無料版)

 数週間後。カンダル砦への出撃した一行は、部隊の先頭をけん引しているが、一人だけ、戦の高揚感を失くしてしまっている人物がいる。
 「アマンダよ、そう気にせずとも良かろう」
 「いいえ。たしかに、ホリック少将のおっしゃるとおりですから」
 「彼はコスティを崇拝してたからね」
 と、エスコ。少し間を置いて、
 「コスティが死んでショックを受けた人間が多くてね。軍の士気が下がりっぱなしでもある」
 「それがアマンダを起用した理由か」
 「まあ、ね」
 リューデリアの言葉に、何故か口ごもるエスコ。彼は息を吐きだし、
 「今の現状を受け取れるのはいいことだよ。あとは武勲をあげればいい」
 君は確かにコスティと似た性質を持ってるよ、とエスコ。彼いわく、アマンダの兄は、若いながらも全体を見渡せる視野の広さを持っており、状況分析力も高く、的確な指示を出していたという。
 そして、部下や仲間に対する愛情も深かったそうだ。
 「ホリック少将たちも、いきなりアイツのように振舞うのは無理なのはわかってるはずだ。少しずつ、ね」
 「はい、ありがとうございます」
 口元だけでも笑ったアマンダ。エスコは目も一緒に笑みをつくり、視線を彼女の奥に向ける。アードルフの隣に義理弟たちがおり、義理兄とイスモの馬に、等身大の棒を持ったリューデリアとメイスを手にしたサイヤが乗っている。
 「でも、リューデリアとサイヤがついてきてくれるなんて思ってなかった」
 「アマンダが行くからな。あの若狸はそれを見越していたのだろう」
 「あら~。彼、お腹でてたっけ~」
 マイペースに話すサイヤに少し間を置いたあと、見た目ではなく性格の事なのだが、と話すリューデリア。一方、あるひと言に吹き出したエスコは、観察力のある魔女に激しく同意する。
 「確かにっ。そこまではっきり言える君もすごいや」
 「普通に接して欲しいと言われたのでな。腹は黒いが悪い者ではなかろうし」
 この会話に笑い声がしたためか、雰囲気が明るくなり、良い意味で緊張感もほぐれてくる。
 だが、前方にカンダル砦が見えてくると、とたん話し声はなくなった。彼女たちが到着したと同時に、一人の兵士がやって来る。
 「エスコ将軍」
 「どうだった」
 「はっ。どうやら先発隊の規模は五百程度のようです」
 「思ったより少ないな。援軍は到着していないのか」
 「そのようです」
 「わかった、ご苦労」
 はっ、と来た道を戻る兵士。表情が変わったエスコは、アマンダに、
 「ここからはスピード勝負だ。一秒でも早く部隊長を抑えてくれ」
 「はい」
 「嬢ちゃん、安心しな。顔ならオレが知ってるからよ」
 「はい、お願いします」
 無機質な返事だが、彼女は彼に謝罪した。顔見知りと戦うなど、ヤロの心情を察したつもりだったのだ。
 「気すんな。オレは傭兵だ、昨日の味方が明日敵だった、なんてザラだぜ」
 「そうなのですね。でも、早く終わらせましょう」
 「おうよっ」
 幼い優しさは様々な負の要素を取り除くのに最適らしく、やり取りを見ていたエスコは、微笑みながら目を細める。
 表情を戻し、
 「武運を。君なら成功できる、陽動は僕たちに任せて」
 「はい、エスコ様も。あと、他の方々にもお伝えください」
 「了解」
 エスコは弓を構え、各々の隊に指示を出す。
 ぽつん、と離れ小島になりかけた一行は、彼らを数十秒間だけ見送り、砦の近くへと急ぐ。
 上手く陽動に引っ掛かった傭兵たちの砦にほとんど人がいないことを確認したアードルフは、リューデリアにしっかり掴まっているように言うと、剣を抜き放ち、
 「私とヤロで先陣を切ります。馬で砦まで突入しましょう」
 「ええ。お願い」
 アマンダとイスモ、サイヤの三人は、先に行く三人が敵と剣を合わせたところで砦に回り込み、後でアードルフたちが追いつく作戦である。こちらの人数が少なく、取り押さえる必要があるからだ。
 砦の入口付近までやってきた三人は馬の足で道を開けると、サイヤが時間時間稼ぎの為に目くらましの魔法を唱える。突然の強い光が敵の目を焼き、その間アマンダは飛び降りて周りの傭兵たちを切り伏せる。光が止む頃には、サイヤもイスモの力を借りて馬から下りていた。
 アマンダは注意を引きつけて前に出ていたが、視線で彼女たちを確認した後、後ろに下がる。
 喚声が上がると、人のものではない複数の足音が近づいてくる。人間を乗せた生物は彼女の前に止まり、一人乗りの大柄な男が降り立つ。
 「あらかた片付いたぜ。どうすんだ」
 「アードルフとサイヤに入口を任せます。他は突入しましょう」
 「畏まりました。ここはお任せ下さい」
 ヤロとアマンダが話をしている最中に降りたアードルフが、リューデリアの手伝いをしながら答える。アマンダは地図を出しながら、
 「イスモ、先頭をお願いします」
 「了解、任せて」
 見取り図を手にし、入口に罠が仕掛けていないかを確認する彼。リューデリアが遠目からイスモと同じことをし、問題ないことを彼女に告げる。
 彼は笑みを浮かべながら親指を扉に向ける。
 剣を抜いたアマンダと棒を構えたリューデリアを見るなり、弟組の傭兵たちは扉を蹴り破った。
 目を一瞬大きくさせた令嬢は、一歩遅れてリューデリアを追っていく。
 砦の中には申し訳ない程度の人数しかおらず、中には自ら道を開けるものすらいたが、後ろに女しかいないとわかると、勢いを変えて襲いかかってくるものが多数いた。
 しかし、リューデリアの棒は相手の頭を容赦なく殴り倒し、アマンダの剣はわき腹を貫く。さらに前者にいたっては無数の小さな火の玉を発生させ、連中に投げつける。魔法を見たことがなかったのだろう敵兵たちは、化け物だ、と叫びながら逃げ出していった。
 「この程度で情けない」
 「いやいや、めちゃくちゃ怖えって」
 「少し焦げるぐらいなのだがな」
 「それにしても、本気でたたかっていないみたいですね」
 「そんなことより、もうすぐだよ」
 目と鼻の先までやってきた一行は、数分の小休止をしたあと一番奥にある部屋へと突入した。
 大部屋には一人しかおらず、武器を構えながら中央にいた。
 「何だ、てめえか」
 「久しぶりだな。お前こそ生きてやがったか」
 眼帯をしたがたいの良い男は、ヤロを見るなり舌打ちする。それほど仲が良くないのか、顔を見るなりすぐに戦闘態勢に入る。ふたりは勝手が分かっているのか、すぐさま床から足を離した。
 「女連れたあ、イイ気なモンだな」
 「ちょいとワケありでな」
 金属音が何度か重なる中、一度距離を置くヤロたち。まったく呼吸が乱れていない様子から、力を再確認したのだろう。
 「お前がここの頭らしいが、他にいんのか」
 「さあな」
 「ちっ、相変わらず面倒くせえ奴だぜ」
 「ヤロ、彼がヴァロスですね」
 ああ、とアマンダに答える彼。ヴァロスという名の男は、ああん、と首をかしげながら前に出た少女を見る。
 「この砦は落ちたも同然。投降なさい」
 「何だこのガキは。俺に迫るなんて十年早えよ」
 どうせならそっちのイイ身体した女がいいんだがな、と笑う男。カチンときたアマンダだが、今は戦闘中だからだろう、相手の表情を一変させるスピードで首元ぎりぎりに剣を突き出す。
 「投降しなさい。そうすれば命だけは助けます」
 「へえ、お優しい限りで」
 「軍に出頭してもらいます」
 観念した仕草を見たアマンダは、数秒後に剣から力を抜かす。
 その瞬間ヴァロスはアマンダの剣を掴み、力ずくで引き寄せ、首を左腕で締め上げた。
 「動くんじゃねえ。コイツがどうなってもいいのか」
 かろうじて息をしているアマンダだが、両手を男に抑えられてしまい、行動が出来ないでいた。
 彼女を捕らえることが合図だったかのように、外から先程逃げ出した傭兵たちが入ってくる。
 「一度だけチャンスをやるぜ。このガキを俺たちに差し出しな」
 「て、てめえ」
 「おびき寄せたって伝えといてやるよ。分け前だってやるぜ、どうだ」
 睨みつけるヤロを鼻であしらうと、今度はイスモに顔を向ける。
 「お前、ヤロの相棒だろ。話は聞いてるぜ、何だったら軍に戻れるように取り計らう。いい取引だろ」
 後から入ってきた傭兵たちは、ヤロとイスモの背後に少しずつ近づいていき、リューデリアには卑しい声を上げながらそうしていく。
 周囲を見渡した元コラレダ軍暗殺部隊隊長は、ため息をつく。両手を広げて、
 「額によるかな」
 「お、お主」
 「おおっと、姉ちゃん。動くんじ」
 「触るなっ」
 天井に届くほどの炎を全身にまとい、己が感情のようになるリューデリア。短い悲鳴は、ある隙を作るのに十分だった。
 「何だあの女は。ちっ、ガキを連れてずらか」
 「その前にあんたの首が飛ぶけどね」
 頭の上からした声で、ヴァロスの背中に今度こそ冷たい汗がつたう。傭兵の喉元に、細い金属の糸らしい触感があったからだ。
 「どうする。彼女を放して投降するってんなら、離してあげるけど」
 いい取引だろ、とオウム返しにいうイスモ。真正面にいる魔女に対して、彼はウィンクで返事をした。
 「姉ちゃん、暑いから引っ込めてくれや」
 両手をはたきながらいうヤロ。言われた当人が見渡すと、腰を抜かした者やのびている者がいることがいることに気づく。
 元通りになった彼女は、アマンダを離すよう、男に言った。
 「離さぬのなら、貴様を炭にしてやっても良いがな」
 「ヴァロス、生首とどっちがいいんだ」
 「へっ、どっちもゴメンだ」
 腕が手柄を惜しがるように動くと、アマンダはすぐさま向き直り、距離を取る。
 一連の流れを見たイスモも条件の通りに行動し、アマンダの前へ移動。彼の動きは、彼女の目にまったく映らない程だった。
 大きく息を吐きだしたヴァロスは、
 「ヤロ、何でこんなガキを庇う。金にならねえだろうが」
 「確かにな。でも、恩は返せる」
 「恩、だあ。こんなガキにか」
 「嬢ちゃん本人じゃねえがな。恩人の恩人のためだ」
 何だそりゃ、とヴァロス。イスモは頭を抱えるが、間違いじゃないけどね、とだけ口にする。
 「兄貴を助けてくれたのが嬢ちゃんの兄貴だった。それだけだ」
 「兄貴って誰だ」
 「オレが兄貴って呼ぶのはひとりしかいねえだろ」
 「ま、まさか。生きてたってのか、あの戦いで」
 「ああ。オレも最初は信じられなかったけどよ」
 「あんたはいつ兄貴に会ったの」
 「確か、十五、六年前だったか」
 オレがお前に会う前だ、と、ヤロはイスモに話す。ヴァロスとはコラレダ軍では同じ陽動部隊だったため、何度か顔を合わせていたそうだ。
 「あなたもアードルフと面識があるのですね」
 「こいつ、ガキのクセにアードルフさんを呼び捨てにするなんて」
 「兄貴は嬢ちゃんの召使いだぜ」
 「はあっ。お前、何言ってんだ」
 「召使ではなくて、従者です。彼は十年間、我が家に仕えていますわ」
 開いた口が塞がらない、という状況のヴァロス。そんな中、サイヤが一瞬で部屋に姿を現す。
 「様子はどう~」
 「片がついた。アマンダ、こやつ等はどうする」
 「アードルフと面識があるなら、彼に任せましょう」
 「あ、いや、投降するから、それだけは」
 きょとん、としてしまうアマンダ。事情が分かるのだろう男ふたりは、笑いをこらえている。
 「アードルフなら入口にいるわよ~」
 「じゃあ裏口から軍に向かおう。出頭すればいいんだろ、な」
 数回、ゆっくりと、まばたきをしたリューデリアは、ヤロにそっと、
 「何故怯えているのだ」
 「兄貴、男相手には容赦ねえんだ」
 「成程」
 何となく察しがついた彼女は、本気で反省しているのか、と男に問う。
 「してるしてる。だからアードルフさんには会いたくない」
 口元に手をそえながら、首をかしげる貴族令嬢。先だってと違うからだろう。
 「ならすぐに向かいましょう。サイヤ、アードルフに伝えていただけますか」
 「わかったわ~。周りにいた人捕らえてるから、こっちに人よこすように言っといてね~」
 「ええ」
 ある名前が出てくる前とは打って変わったヴァロスとともに、一行はエスコとの合流することにした。

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