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小説・バニラアイス

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新幹線の販売員をしているわたし。 いつも同じ時間の同じ車両に乗る、スーツの彼は、バニラアイスがお気に入り。でも彼が、どこの誰かもわからない。 どこの誰かもわからないネットの世界は… もっと読む
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バニラアイス・1・甘いものがすきな彼

バニラアイス・1・甘いものがすきな彼

「すみません、バニラアイスください」

「ありがとうございます」

わたしはカートを止めて、アイスが入ったケースに手を伸ばす。通路は狭いから、一つ一つの作業に慎重になる。
ケースの中から、バニラアイスのカップを取り出した。
カートの横からスプーンを取り出して、両手で持ってバニラアイスと共に差し出した。

「200円です」

「はい」

硬貨を2枚渡されて、しっかりと受け取った。

「いつもご利用あ

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バニラアイス・2・ペンの彼女

バニラアイス・2・ペンの彼女

ぼくにとって、それは特別なことじゃなかった。

お酒は嫌いじゃない。
だけど、毎日毎日吐くまで飲まされていたら、お酒という存在が嫌いになってしまった。

悪いのは、お酒を飲ませすぎる相手であって、お酒自体にはなんの罪もないのに、お酒を見るだけでイラっとしてしまうのはなぜだろう。

…疲れているんだと思う。

仕事も嫌いじゃない。
だけど、間違ってもいないのに謝り続けていたら、仕事という存在自体が嫌

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バニラアイス・3・彼のマジック

バニラアイス・3・彼のマジック

新幹線の車内で販売の仕事をしていると、いろいろなことがある。
嫌なことが多いと、辞めていく子が多い。

「先輩は平気なのかもしれませんが、私には無理です!」

そういって、辞めていった後輩の顔は今でも忘れられない。

だって、平気だから続けているわけじゃない。
辞めたって、また別の嫌なことをしなきゃいけないだけ。

それなら、笑ってやりすごして、適当に流して忘れてしまえばいい。
…なんて、忘れられ

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バニラアイス・4・ちいさな彼女

バニラアイス・4・ちいさな彼女

「お客様、お席の確認をお願いしたいのですが…。」

怯えるような声が耳に響く。
あの子の声だと反射的にわかった。

「疲れてんの。眠いの。わかる?」

威圧的な声が聞こえる。
さっきから、大いびきをかいて寝ていた乗客だろう。

仕事で疲れているのも、酒を飲むのも自由だけど、人に迷惑をかけていいとか、八つ当たりをしていいってことにはならない。

「申し訳ございません。お席の確認をしていただけませんか

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バニラアイス・5・彼のプレゼント

バニラアイス・5・彼のプレゼント

酔っぱらいの乗客は嫌いだ。
威圧的で強気だから。
本当は、関わりたくない。

だけど、あの人は助けてくれた。

涙が出そうなほどうれしくて、でもどうしていいのかわからなくて、あの人がいつも降りる駅でバニラアイスを渡した。

声がうまくでなくて、言葉が見つからなかったけれど、あの人はやさしく微笑んでくれた。

心臓がバクバクした。

ドキドキしながら仕事を終えたとたんに、今度は別の意味でドキドキして

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バニラアイス・6・バニラアイスの彼女

バニラアイス・6・バニラアイスの彼女

ぼくがいつも同じ席を取るのは、特に理由なんてない。
同じ車両を取れば、乗り込むホームの位置や車内のトイレの位置なんかも、いちいち確認しなくていいから。
理由をつけるとしたら、それくらい。

久しぶりにログインしたあのゲームでは、プレイヤーがみんな彼女に思えてしまってドギマギした。

中2病ってやつかと、なんだか笑いが込み上げたけれど、嫌な気持ちには全然ならなくて驚いた。

そのまま、ネットの画面の

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