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『感じる幸せ』と『思い出す幸せ』は別物?記憶にまつわる認知科学の興味深い法則まとめ~『ファスト&スロー』より

ダニエル・カーネマンの名著『ファスト&スロー』より、「記憶」にまつわる人の判断ミスや錯覚に関する知識を3つのキーワードで整理しました!

認知心理学者ダニエル・カーネマンの著書『ファスト&スロー』を知っていますか?

ノーベル経済学賞受賞の著者が、人々の意思決定における錯覚や起こりがちな判断エラーについて行動経済学・認知心理学の視点から解説した名著です。

消費者行動、政治、投資判断などにおけるたくさんの実験や事例をもとに説明される、数々の不合理な選択とそのメカニズム・・・。

その中でも個人的に興味深かったのが、「記憶」を頼りにした判断の勘違いです

・・・そこでこの記事では、本書で挙げられていたたくさんのルールの中から「記憶」にまつわるものを3つのキーワードにして整理してみました!


1.利用可能性ヒューリスティック

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利用可能性ヒューリスティックをひとことで表すと、「思い出しやすい=たくさんある」と人々が考えてしまう傾向のこと。

発見者のカーネマンとトベルスキーが行った有名な実験に次のようなものがあります。

被験者たちに、以下の質問に答えてもらいます。

”Kという文字を思い浮かべてください。

Kは、単語の先頭にくるとき3番目にくるときでは、どちらが多いでしょうか?”


この問題、正解は・・・3番目にくるとき

つまりKが「3番目にくる単語」のほうが多いというのが正解です。

皆さんはどちらが正解だと思いましたか?逆を回答した人も多いのではないでしょうか?

英語話者を対象にした実験でも、被験者の多くが「Kが先頭にくる単語」のほうが多いと答えたそうです。

この結果の説明となるのが利用可能性ヒューリスティック。

人は皆、難しい質問を与えられたときに「必ずしも正確な答えにはならなくともある程度正解に近い答えを得られる手ごろな方法」をとる傾向があります。この傾向のことを一般的に心理学の言葉で「ヒューリスティック」といいます。

その一つである「利用可能性ヒューリスティック」は、

あるモノや現象の数量を推定する時に、思い出しやすいものの数量をより多く見積もる人々の考え方のクセのことをいいます。


僕が発見した別の例を紹介します。次の問題を考えてみてください。

「日本にあるコンビニと歯科医院の数は、どちらのほうが多いでしょうか?」


正解は・・・歯科医院。

ここまでの内容を理解したみなさんなら分かりますね。上記の質問に答えようとすると、多くの人が自分の知っているコンビニや歯科医院を思い浮かべて考えた結果、「コンビニのほうがたくさんある」と考えます


「ファスト&スロー」ではカーネマンがさらに興味深い例をあげており、

夫婦それぞれに自分自身の家事への貢献度を答えさせるとき、それぞれ自分の貢献度を多く見積もることがわかっています。(実験では夫婦二人にパーセンテージで答えさせた結果、自己評価の合計が100%を上回った。)

”夫も妻も、自分のやっている家事は、相手のやったことよりはるかにはっきりと思い出すことができる。この利用可能性の差が、そのまま貢献度の判断の差として現れるのだ。”

自分の能力や貢献度を評価するときでさえ、このバイアスがはたらいている可能性があるんです。

強烈な出来事、最近起こったことや頻繁に見かけるものは、たくさんあるものだと誤解してしまう可能性がある、ということです。

逆に、記憶に残らないものは見過ごされがちだともいえますね。

重要な選択や大切な人間関係において後悔のない決定をしたければ、自分自身が思い出しやすいものを過大評価していないか、立ち止まって考えてみるのもイイかもしれません。

2.ピーク・エンドの法則

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ピーク・エンドの法則は、「快楽や苦痛の記憶はそれが最大のとき(ピーク)と最後の瞬間(エンド)だけで決まる」というルールのこと。

カーネマンは、痛みを伴う内視鏡検査において、患者が感じる苦痛の度合いを次のように計測しました。

①検査の間、苦痛の度合いをリアルタイムで評価してもらう(1分ごとに10段階で答えてもらう)。

②検査終了後、「検査中に感じた苦痛の総量」を評価してもらう。

カーネマンらは、①での「苦痛度×時間」の足し合わせが②で答える「苦痛の総量」に当然等しくなると予想していました。

しかし、結果は予想を裏切るものでした。

②で患者が答えた「苦痛の総量」の評価は、ほとんどピーク時の苦痛と検査終了時の苦痛の平均だけで決まっていたのです。

ここでもう一ついえることがあります。それは、

「持続時間の無視」です。

検査にかかった時間の長さは、記憶の中での「苦痛の総量」にはほとんど何の影響も及ぼさなかったのです。

カーネマンはこの矛盾を「経験する自己」と「記憶する自己」の対立と呼んでいます。

「いま痛いですか」という質問に答えるのは前者、終わってから「全体としてどうでしたか」という質問に答えるのが後者である。実際の経験から残るのは記憶だけであり、したがって過去に起きたことについて私たちが採用する視点は、記憶する自己の視点である。”

僕は友人から、「それまでは楽しかったデートが最後の言い合いでぶち壊しになった」という話を聞いたことがあります。

彼は、最後の短時間の苦痛のせいでデート全体の評価を下げてしまったわけですが、それまでの楽しかった時間を無視したことになりませんか?


「幸せな思い出」が実は、「最も幸せだった瞬間」と「どのように終わったか」だけで決まるとしたら、そんな記憶を頼りに判断しても「たくさんの幸せを感じること」には必ずしもつながらないでしょう。

ピーク・エンドの法則によって人々は、

”望みうる最高の経験につながらないような決定を下したり、将来の自分の感情を誤って予測したりする”

そしてカーネマンは実験から、

”私たちの選好が必ずしも自己の利益を反映しない”

ことを明らかにしました。

つまり、記憶を頼りにして考える私たちの好みや判断は、割とすぐに間違えてしまうということなんです。

記事のタイトルに「『感じる幸せ』と『思い出す幸せ』は別物」と書きました。

「より多くの幸せを感じたい」と考えるのなら、「記憶」の中の評価はあまり役に立たないのかもしれません。

少なくとも、「『いちばん楽しかった・苦しかった瞬間』や、『終わったときの気持ち』だけを考えすぎていないか?」振り返ってみることは、より賢明な次の選択の助けになるでしょう。

3.後知恵バイアス

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最後に紹介するのは、後知恵バイアス。

これは、結果がわかってから過去の意見や理解を修正してしまう勘違いのこと。提唱者のバルーク・フィッシュホフはこれを「私はずっと知っていた」効果と呼びました。

災害や政治的な出来事、交通事故などさまざまな出来事について、それが起こったあとになってから「私は初めからそうなる気がしていた」と感じることはありませんか?そう言っている人を見かけたことはないでしょうか?

フィッシュホフは、ニクソン大統領による1972年の中国・ソ連訪問の前後で調査を行いました。

この実験は、ニクソン外交によって起こりうる出来事15個について事前に参加者に確率を推定してもらい、結果がわかったあとでもう一度、自分自身の推測した確率を思い出して答えさせるというものです。

結果、実際に起こったことについては初めの推測よりも大きく、起こらなかったことについては事前の予想より小さく見積もってしまうことがわかりました。

つまり、人にはもともと、結果に合わせて自分の過去の考えを修正する傾向があるのです。

医療ミスやテロなど、事前には知り得ない事実でさえ、人は前兆や原因を見つけては、「知り得たはずだ」などとついつい考えてしまいます

さらに「後知恵バイアス」が入り込むと、その決定が意思決定を下した時点で妥当だったのか、を評価することが困難になってしまいます。

カーネマンは、この「後知恵バイアス」によって、

意思決定を行うリーダーが過度にリスクを回避したり、逆に偶然の成功を収めたリーダーの無茶なギャンブルが助長されたりといった社会的なエラーが起きることを説明しています。

”この幻想の中心にあるのは、私たちは過去を理解していて、だから未来も知り得るという思い込みである。”(「ファスト&スロー」より)

私たちは自分自身も他人にも、過去の判断について「わかっていたつもり」になりやすいのです。

重要な出来事があった時ほど、自分の意見や判断に「後知恵バイアス」がはたらいていないかどうか、確かめてみる必要があるのではないでしょうか。

まとめ

以上、記憶にまつわる認知科学の興味深いルール3つをご紹介しました!

以下に項目をまとめます。

・利用可能性ヒューリスティック「思い出しやすいものはたくさんある」
・ピーク・エンドの法則「絶頂(ピーク)と終わり(エンド)がすべて」
・後知恵バイアス「初めからそうなると思っていた」

どれも、言われてみれば妙に納得してしまうような核心をついたものばかりでしたね。

著者のダニエル・カーネマンは、人間が下す不合理な意思決定について認知心理学などを用いて分析することで、合理的な経済主体をモデルに作られていた従来の行動経済学に一石を投じました。その功績からノーベル経済学賞も受賞しています。

本著『ファスト&スロー』では、記憶にまつわるもの以外にもたくさんの興味深い実験や法則が説明されていてとても興味深いです。

気になった方はぜひ、チェックしてみてくださいね!!

それではまた!👏


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