見出し画像

小説 | ならわし (①)

⚠はじめに。
妊娠、出産、出産法に関する表現が多くあります。苦手な方はご注意ください。





たとえば、こういうことがまかり通る世の中であったとして──。

子供を生むことができない妻は、夫の子を宿した侍女の出産に立ち会うのだが、陣痛が始まった侍女を、自分の股の間に挟むようにして座るのだ。そして子が生まれるまで、まるで侍女と一体化したように苦しむ演技をする。
医療に頼らず、祈りで生む。
しかし祈りは届かず、母体の不運な命が尽きる時、運ばれて介抱されるのはなんと、演技をしていた妻の方なのだ。
もちろん、運ばれた妻は初めから演技なのだから無傷だ。

可哀想に。
死に絶えた侍女は、血だらけの股を閉じられ真っ白な布を被せられる。
どうして、白い布なんて選ぶのだろう。
直ぐに真っ赤に染まるというのに……。


「ちょっと待って」
夫はついに困り果てて口を挟んだ。
「一体なんの話をしてる?」
「だから、ドラマの話よ」
夫は訝しげな目で妻を見た。妻はどこか遠い所を見ているような、そんな顔をしている。妻の様子から、話をきちんと聞いていたとは思えない。

「僕は一緒に生みたいと言ったけど、今の君の話は随分飛躍している。それに状況も全く違う」
「ええ。わかってる。だからドラマの話だと言ったでしょう」


✧✧

「一緒に生もう」
夫から身重の私への奇妙な申し出は、私の耳を通過したあと、脳みそを少しだけ刺激し、それから幾日も私のすぐ側をさ迷っていた。

一緒に生むとは。
当然のように夫が言うには理由があり、夫はもちろん、夫の家系は代々その方法で子供を生んでいるのだという。
いかにもとち狂った家族なのだ。
私は、そんな家族の一員となった。
たった一夜の、今では過ちという言葉を当てはめたくなる夜に起こった生命の奇跡によって。



つづく



#短編小説
全九話


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?