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【連載小説】雨がくれた時間 12.告白

前回の話はこちら 第11章『晴れていく迷い』
始めの話はこちら 第1章『思わぬ雨』

        12 告白

 並んで虹を見上げる私と澤村の間を、涼やかな風がふわりと通り抜けていく。さっきまでの湿り気をおびた潮風とはまるで違う、さらりとした、とても爽やかな風だった。
「どうした?」
 誰かに呼ばれた気がしてあたりを見渡していると、澤村が不思議そうにこちらを見ながらそう聞いた。
「今、名前を呼ばれた気がしたんだけど……あなた……じゃないわよね?」
「いいや。風の音じゃないのか?」と彼は言うと、周囲をぐるりと見渡す。
 しかし、ホームには相変わらず私たち二人の姿しかなかった。
「たしかに声が聞こえたんだけど……」
「ひょっとして、寺からなにか連れてきたんじゃないのか?」
「ちょっと! そういうの冗談でもやめてよね」
 怖い話が大の苦手だと知っているのに、わざとそんなことを言う彼の顔を軽くにらみつける。
「すまん。悪い冗談だった、許してくれ」

「じゃあ、西洋軒の日替わり一週間分で許してあげる」
 手を合わせて詫びる彼に、職場近くにある老舗洋食店のランチをねだる。
 私も澤村も、ここの日替わりランチに必ずついてくる小さめのクリームコロッケが大好物だった。
「おい、いくらなんでも一週間はないだろう」
 せめて三日、いや二日だと押し問答が続く。
 創業百年以上の洋食店だけあって、一番安い日替わりでもかなり値が張るのだ。澤村が「一週間分なんて勘弁してくれ」と言うのも当然のことだった。
「そうだ! 今度の休み、あの路地裏の喫茶店に連れてってくれない? それならいいでしょ?」
 どちらも本気でねだるつもりは端からなく、いつもの軽口のつもりだった。しかし私がそう言った途端になぜか彼は、はっと目を見開いて黙り込んでしまった。
「え? なに? どうかした?」
「実は……さっきの話なんだが……」
「さっき? ……って、もしかしてあなたがどうしても言いたくなくて一目散に逃げ出した、あの話のこと?」

「そんなトゲのある言い方するなよ」
「ふふふ、ごめん。でも、ほんとのことでしょ」
 澤村は私の言葉に「ああ」と気の抜けた返事をすると、ふうっと大きく息を吐いた。
 その硬い表情が、これから告げられる話がなにか悪いことなのではないか、と私を不安にさせる。
「あれは……今度……『波燈《はとう》』に――その路地裏の店に一緒に行こう……そう言おうとしてたんだ……」
「……え、それだけ?」
 どうってことはない内容に、安堵しつつも拍子抜けしてしまう。
「もう、あなたになにかあったのかってすごく心配したのに、損しちゃった」
「……すまん」
 こんなに、しどろもどろな澤村を見るのは初めてだった。
 そんなうろたえる姿でさえ私の目には魅力的に映ることが悔しくて、つい意地悪なことを言ってしまう。
「もう、いいわよ。美味しいお店、独り占めしたかったんでしょ」
「そういうわけじゃないんだが……」

 彼はそう言って、後頭部の髪を手でくしゃくしゃと掻きむしる。そして彼はギュッと目を閉じると、苦しげな表情で今度は大きく息を吸った。
「ずっと……君と一緒に来たいと思ってたんだ……でも言えなかった……悟を……君を裏切るような気がして」
 その声はまるで喉の奥が焼けてしまったかのように、ひどくかすれていた。
「裏切るなんて……いったいどうしたの?」
 澤村からふいに発せられた不穏な言葉に戸惑いを隠せない。
 あの人を亡くしたあと、彼は「悟に比べたら俺の助けなんて心もとないだろうけど」なんて言いながら、残された私や子供たちのことを本気で心配し、助けになってくれていた。それがどれほど心強かったことか。
 そんな彼の存在そのものが私の救いでもあった。
 裏切るなんて言葉は、私の知る彼から最も遠い言葉だった。

「……ずいぶん前から俺は……君に……友人以上の感情を……」
 わずかな沈黙のあと、深呼吸してもなお息苦しそうな様子で澤村が口を開く。
「それって……」

 彼がこれからなにを告げようとしているのか頭ではわかっていても気持ちが追いつかず、次の言葉を待つ間、ただぼんやりと澤村の唇を見つめていた。
「親友の大切な人の力に……なにより急に夫を亡くした君が心配だった……初めは友人としてのただ純粋な善意だったんだ……それが、いつの間にか君のことを……」
 搾り出すような声でようやく彼はそう言うと、ギュッと拳を握りしめ下唇を強く噛む。

「君のことを、好きになってしまったんだ……」

 意を決したようにまっすぐ私を見つめる澤村に、ためらう様子はもうなかった。 


(続)



第13章『かけがえのない時間』はこちら







Twitterの診断メーカー『あなたに書いてほしい物語3』
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#書き出しと終わり から

「雨が降っていた」ではじまり 、「私にも秘密くらいある」がどこかに入って、「あなたは幸せでしたか」で終わる物語を書いてほしいです。


というお題より。

もしかしたら「あなたは幸せでしたか」では終われないかもしれない物語です。

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 Photo by Fabio Neo Amato

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