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【連載小説】雨がくれた時間 5.邂逅

前回の話はこちら 第4章「やまない想い」
始めの話はこちら 第1章「思わぬ雨」


        5 邂逅
 
 坂道を下り終えた頃、ようやく雨は小降りになった。
 うつむきながら歩いていたせいで、路地裏から出てきた人とぶつかりそうになる。
 紺色の傘をさしたその人は「七瀬?」と、いきなり私の名前を呼んだ。
 その低い声に驚いて傘を上げると、間違いようがないほど聞き慣れた声の主がやはり驚いたようにこちらを見つめている。
「なんで、ここにいるのよ?」
「それ……ひどいな。ジャケットの裾までびしょ濡れじゃないか」
 私の質問には答えずに、声の主である澤村は眉を顰め「まさかこの雨の中、歩いたのか?」と呆れたように言った。
「そのまさかだけど、文句ある?」
 いつもの調子で言い返すと、彼は眉を顰めたまま「文句はないが……」と、ひとり言のようにつぶやいた。
「ここを歩くのが、なんか“決まりごと”みたいになってるのよ」
 この道は季節ごと違って見えて楽しいから、と言うと、澤村は「ああ、確かに。秋とか紅葉見ながら歩くと気持ち良さそうだな」と、後方に伸びる坂道を振り返りながら柔らかく笑った。

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「なんだよ、人の顔をじろじろと」
「別にあなたの顔なんて、見つめてなんかいないわよ」
「あれ? 見惚れてたのか? 俺の顔に」
「ばっかじゃないの!? なんで、あなたの顔に私が見惚れなきゃなんないのよ」
 見惚れていたのかと言われれば、まったくもってその通りだった。
 澤村はいつもの調子でおどけてみせただけなのに、動揺で思わず顔が熱くなる。
 そんな心の内を悟られまいと慌てて彼に背を向けて歩き出した。
「おい、あんまり急ぐな。危ないぞ」
「大丈夫よ、子供じゃないんだから」
 早足で付いてくる澤村を振り返って言ったその瞬間、急に身体がぐらりと後ろへ傾いた。ふわりといい香りがして、それが彼のいつも使っている柔軟剤だと気がつき、ようやく状況を理解する。
 後ろ向きで転倒しそうになった私を、澤村が抱きとめてくれていた。
「だから、言っただろ。危ないって」

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 突然のことでまだ茫然としている私からゆっくり身体を離すと、澤村は自分の傘を渡してきた。そして地面に転がったビニール傘を拾い上げると「大丈夫か?」と心配そうに聞いた。
「ごめん、ありがとう」
「ここの道、古くて石畳のままだろ。ところどころ苔がついてるから雨の日は滑りやすいんだよ」と、まるで小さな子供を叱るような口調で言った。
 ほんの一瞬、触れられただけの澤村の手の感触が背中に残って、ピリピリと身体の芯が痺れるように疼く。その痺れはじんわりと熱に変わって身体中に広がっていく。
「ほんと、ごめん」熱に浮かされた声は、驚くほどかすれている。
「顔が赤いぞ。ほんとに大丈夫か?」と、澤村がさっきよりも不安そうな面持ちで私の顔をのぞき込む。
「だ、大丈夫だから」
 吐息がかかるほど近くまで澤村が身を寄せようとするのを、彼の両肩をつかんでなんとか阻止する。
「ほんとに大丈夫。びっくりしただけだから」
「それならいいが……」
 澤村はそう言ったきり、なにも聞いてはこなかった。

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(続)



第6章「言えない心」はこちら







Twitterの診断メーカー『あなたに書いてほしい物語3』
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#書き出しと終わり から

「雨が降っていた」ではじまり 、「私にも秘密くらいある」がどこかに入って、「あなたは幸せでしたか」で終わる物語を書いてほしいです。

というお題より。

もしかしたら「あなたは幸せでしたか」では終われないかもしれない物語です。

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