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【連載小説】雨がくれた時間 3.あなたの返事

前回の話はこちら 第2章「十年の歳月」
始めの話はこちら 第1章「思わぬ雨」

      3 あなたの返事
 
 ようやく坂を登りきると、目の前に広がる風景にはっと息を呑んだ。
 雨で煙り、ぼんやりと霞のなかに浮かんだ街並みは、まるで一枚の美しい水墨画のようだった。
「きれい……」
 雨の中、かなりの段数の階段を登ったせいか疲労はピークに達していたけれど、この幻想的な風景を見ることが出来ただけで、いくらか疲れも和らぐような気がした。
 そうやって、しばらくの間ぼうっと眼下の街並みを眺めていた。
 ここから先へ足を進めるのは気が重かった。しかし、いつまでもこうしているわけにもいかず、ひとつ深く息を吐くとようやく歩き出す。
 すると遠目に真っ白な百合の束が花立てに挿してあるのが見えて、思わず首をかしげる。
 ついさっきまで先客がいたらしい。
 その証拠に微かだけれど雨の匂いに混じって線香の香りが漂っている。
「誰か……来てくれていたのね」

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 先客は掃除まで済ませてくれたようで、塵ひとつない。
「今でも忘れずにいてくれる人がいて、貴方は幸せね」
 あの人が好きだった紫陽花を花立てに挿すと、白い百合に薄い藍色がよく映えた。
 雨粒をまとった花びらは、つやつやと淡い光をはなって、どこか別の世界の光景を見ているようだった。
「結衣がね、読書感想文のコンクールで賞を獲ったのよ。そういうところ、貴方に似たのね……そうそう、健太はレギュラーになったのよ」
 線香に火をつけ手を合わせると、この何ヶ月の出来事をとりとめもなく報告する。
「私? 相変わらずよ。仕事ばっかり。おかげで結衣にも健太にも寂しい思いをさせちゃってる……」
 返事はもちろんない。
 私がつらいとき、いつも優しく包み込んでくれた温かい手、優しい声。
 もう触れることも聞くことも出来ないのだと、この瞬間にいつも思い知らされる。
「ねぇ、久しぶりに貴方に会いに来たのに、この雨はないんじゃない? しばらく来なかったから、怒ってるんでしょう」
 あふれそうになる涙をこらえようと、わざとおどけた口調で言った。

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 最後にここへ足を運んだのはいつだっただろう。去年の夏の終わりだったはずだから、もう一年近くは経っている。
 忙しくてなかなか来れなかったというのは、半分は本当で半分は言い訳だ。
 この十年ずっとそうしてきたように、時間は作ろうと思えば作れたけれど、あえてそうはしなかった。
 私のなかで少しずつ起こりつつある心の変化をあの人に知られたくなかったからだ。
 そして、その変化を誰よりも私自身が知りたくなかった。
 
「貴方の声が思い出せないの……どうしてなにも言ってくれないの……」
 少しずつ短くなっていく線香を見つめながら、返って来るはずのない返事を待った。

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(続)


第4章「やまない想い」はこちら






Twitterの診断メーカー『あなたに書いてほしい物語3』
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#書き出しと終わり  から

「雨が降っていた」ではじまり 、「私にも秘密くらいある」がどこかに入って、「あなたは幸せでしたか」で終わる物語を書いてほしいです。


というお題より。

もしかしたら「あなたは幸せでしたか」では終われないかもしれない物語です。

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