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軽やかな青春の一ページ -夏目漱石『三四郎』についての随想

 【水曜日は文学の日】
 


あらゆる芸術家には最盛期というものがあります。どれほど平板な創作人生に見えようと、始まりと終わりがある以上、最も充実した期間が生まれてきます。
 
初期の頃は初々しく、多少崩れたところがあっても、勢いに満ちて駆け抜ける力がある。

円熟期になると、それまでの技法が集積して、固有の美を発すると同時にある種の停滞に向かう。晩年は、そうした円熟も停滞も消え、枯れ切った諦念と老いの美に包まれる。
 
そう考えると、初期と円熟期の間、人間の人生で言う「青春時代」の作品というのは、型破りの勢いが落ち着いて、なおかつ技法が花咲き始める、最も甘く爽やかな、素晴らしい時期と言えるかもしれません。



夏目漱石の作品において、そうした「青春」を最も感じさせる作品は、『三四郎』かもしれません。

この作品が、彼にとっての初期からの発展作であり、同時に作品自体が青春小説であるということで、独特の「味」があるのです。




『三四郎』は、1908年の作品。漱石の新聞小説としては、『虞美人草』、『坑夫』に続く3作目になります。

九州から上京して、帝大に通う学生の三四郎。彼の目を通して、友人の与次郎や、変人の広田先生との交流、思いを寄せる美禰子との淡い恋等の学生生活を描く小説です。


夏目漱石肖像写真


夏目漱石の作品群は、主に4つの時期に分かれると思っています。


【第1期】
デビュー作『吾輩は猫である』から、
『坊ちゃん』、『草枕』を経て、
『虞美人草』に至る初期作品
 
【第2期】
いわゆる前期3部作。
『三四郎』、『それから』、『門』等
 
【第3期】
修善寺で倒れ、療養して以降の、
いわゆる後期3部作。
『彼岸過迄』、『行人』、『こころ』等
 
【第4期】
『道草』や未完に終わった『明暗』等、
晩年の作品

『三四郎』は、第2期の冒頭にあたります。そして、そこには第1期の特徴も少し残されています。

それは何かというと、『吾輩は猫である』や『坊っちゃん』のような、滑稽な人物や面白おかしい語り口です。

『猫』の迷亭くんや、『坊っちゃん』の語り手等、口から出まかせで勢いだけで生きているような人物は、『三四郎』では、与次郎になります。

とにかく落ち着かず、広田先生の教授就任運動をはじめたり、馬券を買って全て金を失っても平然としてたりと、広田先生から「悪戯をしに世に生まれてきた男」と言われるだけあります。

こうした読者の微苦笑を誘う人物は、第3期以降、段々と目立たなくなります。




代わりに出てくるのが、『三四郎』における、広田先生のような人です。広田先生は、作品終盤、女性不信になった過去の出来事を、三四郎に話します。どこかお伽噺のような語り口で大好きなパートなのですが、語っている内容は深刻です。

この告白調の深刻な語りが、第3期作品の中盤以降の大きな特徴となります。
 
『彼岸過迄』の、須永の話。『行人』の、兄の話。そして、その究極の「告白」として『こころ』の先生の、あの手紙が出てくるのです。


 
そして、軽やかで戯画的な人物の後退と同時に、もう一つの要素も消えていきます。それは「絵画」。目に見えるイメージです。
 
第1期では、人物を絵画になぞらえる鮮やかな場面がありました。『草枕』での温泉での那美さんや、クライマックス。『虞美人草』の葬式場面は、漱石が愛したミレイの『オフィーリア』を思わせます。

そして『三四郎』でも、『森の女』という絵画によって、ヒロインはイメージを与えられ、その揺らぎが作品の焦点になります。『猫』のラストもまた印象的です。


ミレイ『オフィーリア』
テート美術館蔵
留学中に観た漱石は、この絵を高く評価した


しかし、『それから』のあの衝撃的なラストで、「絵になる」イメージを破壊し尽くしてしまったかのように、こうした絵画的な場面は無くなっていきます。
 
代わりに出てくるのは「手紙」です。第3期の後期3部作は、告白の装置として、手紙がキー・ファクターになります。

それは、以前書いたように、死を告げて人を出奔させる呪いの手紙の地獄の連鎖のような『こころ』を頂点として、黒々と作品を染め上げることになります。



まとめると、第1期の初期作品では、軽妙な人物や語り、絵画のイメージの自由な転用で、伸び伸びとした作品空間が形成されていました。

第3期の円熟期では、イメージや軽妙さは後退し、先生的な熟年の大人による手紙が、内面の苦悩を告白する空間を創りあげました。



『三四郎』は、まさにこの両方の要素を併せ持った、過渡期的な面白さを持った作品です。それは、美禰子や、与次郎といった今を生きる若者たちから、先生たちの苦悩の世界に足を踏み入れる、その寸前の状態でもあります。
 
それゆえに、どこかふわふわと人物が浮いているような、軽やかで柔らかい空気があり、何気ない描写が美しく見えてきます。
 
菊人形見物での何でもない会話、アトリエでの少しどきどきする会話、ただ青い空と雲を一緒に見たこと。

ストーリーよりも、こうした部分が楽しく思い出せるのは、作品自体が、そうした、過渡期の状態の、まさに「青春」であり、主人公の青春と共鳴しているからなのでしょう。

東大の敷地にある育徳園心字池
通称「三四郎池」
小説に出てくることで有名になった

 
 
それにしても、教師だった漱石が『吾輩は猫である』でデビューしたのは、38歳の時。そして、49歳の若さで死去しています。あれらの多様な名作は、たった11年で全て書かれたのです。
 
今読むと『吾輩は猫である』は、年齢よりもずっと若々しく、遺作『明暗』は年齢よりもずっと年老いているように感じます。文豪には、通常の人と別の時間が流れていたのかもしれません。

そんな彼にもあった創作の「青春」期に生まれた、珠玉の青春小説が、『三四郎』であるように、感じるのです。

 


今回はここまで。
お読みいただきありがとうございます。
今日も明日も
読んでくださった皆さんにとって
善い一日でありますように。
次回のエッセイでまたお会いしましょう。


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