【小説】眠りと目覚め

※ちょっと長いお話となっております。


我が家は眠りをご提供する家である。
かなり山奥にあるため、ほとんど人は訪れない。たまに来られるのは、眠りに関するお悩みのある方だ。
私はこの家の一人娘だ。

「たらちゃーん!朝よ!朝、朝!」

今朝も父が起こしにくる。
父の名は、新真宮 善寝(あらまみや ぜんね)。
父は規則正しく眠り、寝起きがよく、まさにその名の通り、眠りの善い人間なのだ。しかも、これまた名の通り、起きようと予定した時刻にぴったりと目を覚ます、
「あらま、ぐうぜんね。」なのだ。

その父に名付けられた私、
私は、新真宮 多楽寝(あらまみや たらね)、女性、30歳だ。

「起きて!
あらま、ぐうたらね! 
たらちゃんたら、また、こんなに部屋を
散らかしっぱなし!本当に! …もうっ、とにかく、はい、起きて、起きて!」

そう、私は眠りに入ると、なかなか起きることができない。父に起こされなければ、いつ目覚めるのかすら分からない。そんな性質らしいのだ。
うちに母はいない。生まれてから、母の記憶はない。
うちの父は、母のような父だから、母がいないことをあまり寂しいと感じたことはない。

そもそも、うちは山奥で、人付き合いがほとんどないから、人と比べようがないのだ。

「今日はお客様が来られるからっ!
もー!たらちゃんっ!お願いっ!!早く! 起きてーぇ!!」

「んー…、お父さん、今日…、予約あるんだっけ…?」

「おはよ!ふふふ、グッドなニュースよ。なんと、今日来られる方は、男性30代だそーでぇすっ!あーたに近いお年頃、ね。」

「…。」

「あーた、この山奥に男性30代がいるなんて、なかなか滅多にないじゃない?ウフフ、あたし、今日をあーたのミラクルデーとして、お祈りしておきました!」

「……、…う、ざ。」

「ホホホ、そんな思春期みたいなこと言って!ほーんと、たらちゃんはいつまでたったって、かわゆーいー!」

「…!」

私が三十路になって、父は、私の恋のなさが心配になってきたようだ。本当に鬱陶しい。
恋がないも何も、人間がまず生息していない地域なのだ。心配するなら、恋より、まずそこを心配してほしいのだ。

「あーん、時間が!起きて!ご飯食べて!早く、早く!9時にお客様来られるのよ!もう、8時よ!支度してちょうだいね!」

朝ご飯を終え、私は、準備を始める。まず、お風呂に入り、歯磨きをする。そして、眠りの儀式用の衣装に着替える。衣装といっても、パジャマで生地は柔らかな白のガーゼだ。

玄関の戸ががらりと開いた音がした。

「ごめんください。」

「はい、はーい!」

「あ、はじめまして。予約した出雲です。」

「はーい、お待ちしておりました。こんな山奥へようこそ。さ、さ、こちらのお部屋へ。お風呂はこちら。歯磨きやお手洗いが済みましたら、こちらの寝巻きに着替えてくださいね。全て整いましたら、お呼びくださいな。」

「はい…。」

眠りの間は簡素な和室に、風呂、トイレ、ふわふわの布団を2組離して敷いてある。なにやら、代々技術を受け継いできた秘伝の作りの布団らしい。
障子を閉めてあるが、明るさは自然のままだ。窓を開ければ、山奥だから、自然が広がっている。ご希望ならば、開け放つこともある。

「ね、ね、なかなか良さそうな人だったわよ!なんとなくなんか良さそうよ。」

案内から戻ってきた父は、ひそひそと話しかけてくる。

「…、お父さん、失礼よ、そんな風にお客様を…。」

「だって!だって、…そうね…。」

「そうよ、何も知らないのに。大体私の気持ちだって考えてほしいわけ。」

「失敬しました…。」

「そうよ、はっきり言わしてもらうけど、
いい迷惑、仕事とプライベートも一緒にしないで欲しいし!」

「んもう、分かったってばぁ…。真面目なんだからぁ…。」

チリリーン

「あ、お客様よ。準備できたのかしら。
さ、じゃ、いきましょう!」

「失礼します。ご準備はお済みですか?
はい、それでは、改めてご挨拶させていただきますわね。
私は新真宮 善寝(あらまみや ぜんね)と申します。眠りをご提供させていただいております。
こちらは、娘です。」

「新真宮 多楽寝(あらまみや たらね)と申します。よろしくお願いいたします。」

と、お辞儀から顔をあげ、お客様が、

「出雲 起照(いずも おきてる)です。どうぞ、よろしくお願いします。」

と言った時、その時、初めて、

私と出雲さんの目が、合った。

それは、説明のできないような気持ちを呼び起こして、まるで、何かに照らされたかのように出雲さんが眩しくて、私は思わず両手で視界を遮った。

「…たらちゃん?どうしたの?」

「…え?…あ、すみません。」

出雲さんに視線を戻す。出雲さんは、俯いていた。

「さ、では、始めます。出雲さんはそちらの
お布団にお入りください。私が、ツボ押しやマッサージなどをさせていただきます。眠れそうでしたら、そのままお眠りになってください。娘は、そちらのお布団で眠らせていただきます。娘は、眠りにつきますと、人を眠りに誘う、様々ないびきのようなものをかきます。これを聴いていただきましたら、ゆっくりお眠りになれるはずです。」

「は、はい…。」

出雲さんは布団へ入る。

私もいつも通り、少し離れた場所に敷かれた布団へ入る。私は、布団へ入ると、すぐに寝てしまう。すると、私から、なんともいえない音のいびきとリラックスできる“気”のようなものがでるらしいのだ。私自身は、寝ているのでよく分からないが、これは私の性質らしく、これまで、それを聴いて、眠りにつかなかったお客様はいらっしゃらない。

「それでは、つぼから始めます。…出雲さんは、いつから眠れないのですか?」

「は、実は…、私の家は、起きていることを追求する家系でして…。」

聞けば、出雲さんのおうちは起きるということを研究しているらしい。起きている時間が長ければ、色々なことができるということから、長く起き続けるために、いかに短く集中して眠れるか、ということも大事らしい。

「兄が家を継ぐことになっておりまして、私は未熟者なので、眠らない修行をしているうちに本当に眠れなくなってしまったのです…。実は、眠らないつぼなども研究しておりますので…。」

「まぁ…、そうなんですか。確かに、眠りというのは、奥が深いものですからねぇ…。個人の体質や体調ってものもございますしね。現代では生活スタイルも様々ですしね。
それにしても、起照さんなんて、いいお名前よねぇ?素晴らしいネーミングセンス!
…今ね、体のつぼを押させていただきますとね、確かに、なかなかに、眠りにつきにくい状態ですねぇ。でも、ご安心ください。うちの娘のいびきで、眠らない方は未だかつていらっしゃいません…。ん?…たらちゃん?」

「…え?」

「たらちゃん、あーた、…なんで寝てないの?」

「え?」

へ?ほ、本当だ!どういうことだろう?布団に入って私が眠らなかった記憶は今まで一度もない。入ってすぐに寝てしまうのだ。
どうして?
つい、なんとなく、出雲さんのお話を聞いていたら…。

「…ど、どうしたんだろう。なんだか眠れないみたい…。」

「えぇ?!たらちゃんっ?!大丈夫、あーた!どうしちゃったの?
…すみませんねぇ、いつもは、こんなことないんですよ、すーぐ寝れちゃう達人なんです、この子は。生まれながらの才能っていうかね、…あら、あたしったら、我が子を褒めちゃって、恥ずかしい!親馬鹿ねぇ!ホホホ!
…たらちゃん、ね、まさかお腹でも空いてるの?」

「…そ、そうじゃないんだけど…、申し訳ございません…。」

「いえ、私は、大丈夫ですが…、大丈夫ですか?」

その時、出雲さんが私を見たので、また目が合った。

「…!!」

な、何。なんで、なんか変な感じ。私は、思わず、がばっと、布団をかぶった。そして、ぎゅっと目を閉じてみた。

ね、…眠れない…!?

わ、私、……、起きてる!!


第二話はこちらです


創り話です。
お読みいただきありがとうございます😊


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