《ふわふわショートストーリー》柳の木

「えっ…、何?」  

その日、私は、体が重く、心も沈んでいた。
いつもの遊歩道で、柳の木にふと惹かれて、そっと、その長く垂れ下がる枝の葉を暖簾のようにかき分けてみたのだ。

すると、柳の木の幹に古い格子戸が現れてー。
つい思わず、からからと開け、足を踏み入れると、

そこには、
 
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藍色に白抜きでそう描かれた暖簾がかかっていた。

「えっ!?」

どういうこと!?

私が入り口の格子戸を振り返ると、そこには、なんともいえず、美しい人が立っていた。

「いらっしゃいませ。」

「あ!…え、あの、違うんです。あのっ、
 ここはなんですか?私、さっき、柳を…。」

「ようこそ、お越しくださいました。
こちらは、
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でございます。
わたくしは、当センターのセンター長の
柳屋出 流 (やなぎやで りゅう)で、
ございます。
さぁ、どうぞ、こちらへ。」

そういうと、その人は奥へと進む。
そこは、古びた温泉のようで、ほんのりした灯りが年月を感じさせる暗い廊下を照らしている。

「あ、あの、ちょっと…。」

慌てて、置かれた履物を履き、ついてゆく。
先へと進むその人は、長く黒い髪を後ろに低く束ねてあり、白い浴衣のようなものを着ているが、帯はしていない。
まるで、コートのように浴衣を着ている。
女性?男性?どちらかはっきりしない。
どちらにしても、すらりとした、色白のなんともいえぬ雰囲気の美しい人だ。

「こちらが浴場でございます。」

そこには、こじんまりとした脱衣場と木製の湯船があった。
湯船には、もくもくと湯気が上がり、湯の色は深い緑色、香りは森のような薬草のような
なんとも不思議な香り。

「こちらは、我が
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に代々伝わる湯でございます。
源泉に、厳選した秘伝の薬草を入れてあります。
効能は…

 
カアア!カアァ!

その時、急に何処からかカラスの声がした。

「…で、ございます。」

「え?…あ、…はい。」

聞こえなかったけど、そんなことより、これってどういうこと。

「では、どうぞ、ごゆっくり。」

そう言うと、美しく微笑んで、その人はすっと下がっていってしまった。
浴衣の下には、銀色のぴったりしたウェットスーツのようなものが着ているようだ。
やはり、女性か男性かはよく分からない。

「…は。」

結局、どういうこと。
柳の木を触ったら、戸があって、開けたら…。

辺りを見回すと、古びているが、きれいに整えられている。
温泉の香りが心地良い。
気持ち良さそう。

どうしよう…。でも、気持ち良さそう…。
えーい、もう、入っちゃおう!
私は、ぱっと服を脱いだ。

すると、ざわざわざわという音が、

「え?」

なんと柳の枝が上からぞろりと垂れ下がり、さわさわさわさわ私の頭を洗いはじめる。

「えー!?」

しかも、どういう仕組みか全く痛くなく、まるでマッサージされているように気持ちいい。

「あー…、気持ちー…。」

頭の次は、顔、身体、そして歯まで磨いてくれた。
まさに、なすがまま、身を任せきっている。

「あー、極楽ー…。」

全て洗い終わると、そっと、湯船へ身体を入れてくれた。

「わぁー、気持ちいいー…。」

その湯は熱すぎずぬるすぎず、とても気持ちいいのだ。色が深い緑色で、手ですくうと、様々な葉っぱが湯に写しだされた。

「え!何、どういうこと?」

葉そのものが湯に混ざっているわけではなく、映像のように湯に写しだされるのだ。 
ゆらゆら、きらきらと。

すくっては流し、すくっては流し、
その映像を楽しむ。

「えー、不思議…。この薬草が入っているのかなぁ。」

入っているうちに、なんだか、自分の体の疲れや、心のストレスや胸のつかえ、そういう重いものが、全て流れ出ていくような気がした。

じわじわと温かく、香りが良く、とても気持ちがいいのだ。

「あぁー…、最高、しあわせ…。」


…はっと、気づくと、私は柳の木の前に立っていた。

「え、夢…?」

いつもの遊歩道。いつもの柳の木。
夕暮れの空が広がっている。

そっと、柳に触れてみる。
格子戸は現れない。

「なんだったの…。」

私は帰り道を歩きだす。
なんだか体がとても軽い。それに心も軽い。
どこへでも行けそう。それでいて、地に足がついているような…。
あの温泉の香りが少しする。

カアア!

カラスの声で、はっと思い出す。

そういえば、効能は…。

あの出来事がなんだったのかは分からない。

でもあれ以来、私は、体や心が重くなると、

あー、スーパーハッピー
最高ー、幸せー、気持ちいいー、

と言う気持ちがなぜか温泉のように湧きあがるのだ。

そして、風が吹けば柳が揺れるように、重たいものが、さわさわと流れ出ていくのだ。

あれから一度も、
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への格子戸は現れない。

                おしまい


長い文章、お読みいただきありがとうございました😊
全部、創り話です。


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