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わかっちゃいるけど

あれは、父が死んだ翌日で葬儀の4日前だった。
父、兄、母と、いずれも火葬まで4日から5日待ち。
その夜に通夜、翌日に告別式なんて、私の感覚では、というか実情ではありえない。

母が突然嘔吐した。
元気がないのは父が死んだせいだと思っていたから、熱があることに気づくのが遅れた。

「気のせい」とか「気の持ちよう」とか「病は気から」とかいう言いようが、私は好きじゃない。
そういう意識が見逃してしまう重大事態を私は恐れている。

母は、「ノロウイルス」に感染していた。
それまで、そういうウイルスがあることも知らなかった。
もしかしたら「風邪がお腹にくる」というのものの中に埋もれていただけかもしれない。
母はもともと飲み物をあまり飲まない人で、ただでさえ水分不足なのに、嘔吐と下痢と熱で脱水状態になり、救急搬送されて緊急入院した。

「父ちゃんの葬式には、どんなことあっても出んならん」と一晩中繰り返していたが、願いがかなって、翌日には退院許可が出た。
私は、病院から強く言われて、母の吐瀉物が付着したもの、飛沫が飛んだ可能性があるもの、発症時に身に着けていたものを全部ビニール袋に入れて処分し、自分や兄が着ていたものも洗濯した。

その夜、兄が発症した。
葬儀の3日前である。
しかし、熱は出ず、すこしの下痢で済んだ。
一晩で快復。
これは、不幸中の幸いだった。

次は私の番だった。
最初、母の吐瀉物を、素手で受け止めたのは私だ。
うつらないほうがおかしい。
でも、まさか自分がとは考えもしなかった。
葬儀を2日後に控えて、私の熱は高かった。
熱と吐き気と腹痛と下痢とで、身動きできない。
トイレに這って行くのがせいいっぱいで、一回座ったら、もう部屋に戻る元気はなくて、何時間も(次の人が使いたくなるまで)便器の上で固まっていた。

やばい。。
翌々日は葬式なのである。

なぜか病院に行くという選択肢はなかった。
母と兄のときは、大騒ぎして病院に連れて行ったが、自分のときは不思議な楽観バイアスがかかる。
とにかく、水分補給だけはしっかりして、あとは寝るかトイレだ。
翌日になると、熱は下がりラクになったが、食欲はないし、下痢が怖くて食べられない。

とにかく絶食のまま、夜を越した。
葬儀当日である。

二重マスクで出かけた。
夫には、電話で「感染したら困るから来なくていい」と言ったが、そういうわけにはいかないと言ってやってきた。
いやいや、万が一感染したら(させたら)姑に殺される、と思った。

真の意味での「家族葬」で、弔問客もいないのが助かった。
私はほぼ3日間食べていないのでふらふらだったが、母と兄が回復したことが何よりだった。
何もお腹に入れていないのに、読経のあいだ3回くらいトイレに行った。
斎場には事情を話し、できる限り消毒や手洗いをお願いして詫びた。
当時は、斎場の人もノロなんて聞いたこともなくて、「大丈夫ですよー」という感じだった。

こんな状況だし、家族だけなので、通夜振る舞いは中止した。
そして、これに夫が激怒した。
わざわざ来てやったのに、というわけである。

まあ、このときに、スイッチのひとつが入ったんだなと思う。
この人とはやっていけない。。
私は、この人や、その母親より、実の母や兄を看たい。
そのときは、言わなかったんだけど。

能登の避難所でノロウイルスが発症したという報を聞く。
不衛生な環境だし、医薬品も満足ではないだろうし、何より体育館の冷たくて固い床の上では、心身ともに「安静」などできるはずもない。
数少ないトイレ、限られた水。
トイレのあるところまでの段差。
戸外の仮設トイレであれば、病んだ身でどうやって行けるのか。

私が案じても何の役にも立たない。
そんなことはわかってる。

罪悪感も共感も、現実の生活を救わない。
わかってるよ。

壊滅した町や、人々の悲しみの映像など、見ないほうがいい。
テレビを消せ。
スマホを離せ。
みなさん、そう言ってくださる。

わかってる。
わかってて、できないのが私なのよ。
たった一人でもいいから、誰かが助かったり、支援物資が届いたり、状況がすこしでも良くなったのが見たい。

また余震に襲われてはいないか。
昨日は持ちこたえていた家屋が、今日は倒壊してはいないか。
雪はどうか。
除雪はされたのか。
物資の輸送はどうなのか。
それら全部が気になる。
そこにノロウイルスだ。
コロナもインフルもきっと発症している。
でも、優しくて正しい人たちは「見るな」と言う。

そして「とにかく義援金を出しましょう」と言う。
そんなこと言われなくたってわかってる。
こちとら、どんだけ金に困った子供時代を過ごしたと思ってるんだ。

ここが私の性悪なところなのだが、後手後手になっている政府の対応だけでなく、一般市民のそういう正論にも腹が立ってしまう。
特にカウンセラーか、カウンセラー気取りの「共感疲労を防ぐためにはこうしましょう」みたいなのが、逆にしんどい。
だから、ごく限られた話題や、限られた人のところしか読みに行っていない。
本当に申し訳ないm(__)m
自分でも、どうすることもできない。
書いて吐くことで、正気を保っている状態だからゆるしてほしい。

今日は今年初めての出勤勤務。
疲れた。
もう寝る。

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