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あの鉄塔が見えたら

「いい?窓の向こうに山が見えるでしょ?
あそこにね、小さな鉄塔があるの。
今はわからないと思う。見えたら教えて。」

その時、私は泣いていた。
ぐちゃぐちゃに泣いていた。

17歳。書道準備室。墨の匂い。

“不幸の館”。
彼女は自分の部屋をそう呼んでいた。

体操服の行列が外を走る掛け声。
ノー天気な青空。川の上を渡る風。
青春臭いものにうんざりして泣けてくる。
野暮な自分にも泣けてくる。

でもここには好きなものが在る。
墨の匂い。
先生らしくない先生。
醤油煎餅。

「あたし、煎餅があればなにも要らないわ。」
「ヒールがない靴って疲れんのよ。」

先生の言葉はいちいち可笑しかった。
先生が廊下を歩くと、カツーンカツーンと音がした。
そういうものが、いつも私の涙を乾かしてくれた。

「・・・みえました。」

「うん」

涙でかすんでいた山に、やがて浮かんで見える鉄塔。

「友人乞食にならなくていいのよ。
本当に心通う友人は、どこにいたって何年離れたって関係ないものよ。
べたべた一緒にいる必要ない。
そういう友達は、一生のうち、数人いればいいと思わない?」

窓の隙間から風が入る。
さっきまで憎んでいたそれが心地よいと思える。

「私はここちゃんのこと友だちだと思ってるよ。」

さっきまでと明らかに違う涙がもうひとつ。

次の鐘が鳴ったら、教室に戻ろう。
私はきっと、大丈夫。

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発行所:アトリエはなこ
著者:はなむらここ
💌:atelierhanaco@gmail.com

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