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妄想書店

本屋に入ると、だいたい無意識に食べ物の本の前に立っている。

『簡単&美味しいお手軽スープレシピ』
『無水鍋でつくる絶品スープ』

そんでもって今日の私はスープが気になるらしい。
新しい本特有のインクの香りをかぎながらページをパラパラめくると、頭の中ではトマトの水煮缶を開けたり玉ねぎをみじん切りにして涙ぐんでみたりとなかなか忙しいことになっていく。トマトベースの野菜スープにはブロックベーコンを入れよう。仕上げに粉チーズをかけてあむり。アチ。 

「あ。美味しいパンも食べたい。」

妄想の果ての独り言。
ふと目線をそらすと、隣に佇む女性は自家製パンの雑誌を読んでいるではないか。

「そのカンパーニュいつ焼きますか?私のスープと一緒に食べませんか?その本のチョイス、なんだか友達になれそうな気がするんですッ!」

なんて言えない。(でも言いたい。)
モジモジしながら逆どなりに目をやるとそこには新卒風なスーツ姿の男子がやはり料理の本を広げているではないか。


『まな板いらずの3分レシピ』
『超時短!シッカリひとり飯』

ぬおー。俺んちにこないか。
トマトスープあるし。ほら、焼きたてのカンパーニュも!ってまだ右の人誘えてないけどさ。まな板ケチるくらいならあたしんとこ食べにおいでよ。

赤の他人と横並びで過ごす3分間。
私の脳内では、和やかな談笑が飛び交う楽しい晩餐が宴たけなわ。
で、その同僚のミヨちゃんとはどうなった?

ス。

右の女性はカンパーニュのページに人差し指を挟みレジへ向かった。

ス。

左の青年は本に食い入るように目を通したと思うと、本を置いて出ていった。

彼らのごちそうは、どこで誰と消費されるのだろう。私の胃袋はこんなにも切なくそれらを求めているというのに。

決して結ばれない私たちとその食卓。

♪小田和正『ラブストーリーは突然に』カットイン


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発行所;アトリエはなこ
著者:はなむらここ
atelierhanaco@gmail.com


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