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古典化を阻止するための試み ―冲方丁『マルドゥック・フラグメンツ』―
私は冲方丁氏の『マルドゥック・アノニマス』を読むまでの復習として、『マルドゥック・スクランブル』、『マルドゥック・ヴェロシティ』、そして短編集『マルドゥック・フラグメンツ』(早川書房)を読んだ。これは『スクランブル』外伝の短編二つと『ヴェロシティ』や『アノニマス』の予告編、さらには冲方氏のインタビューと『スクランブル』の準備稿『事件屋稼業』の序章が収録されている。
ここで気になるのが、インタビ
血の海の上に築かれた都市 ―冲方丁『マルドゥック・ヴェロシティ』―
冲方丁氏の『マルドゥック』シリーズ第二弾『マルドゥック・ヴェロシティ』(早川書房)は、前作『マルドゥック・スクランブル』の前日談である。この小説の主人公は、前作のヒロインの最大の敵役だった男、ディムズデイル・ボイルドだ。この物語は、彼とかつてのパートナーであり親友だった「万能ネズミ」ウフコックとの決別を描いている。
この小説のボイルドとウフコックが属するのは、人命保護を目的とした緊急法令「マル
安物の香水ほど遠くまで匂うものよ ―テネシー・ウィリアムズ『欲望という名の電車』―
私は子供の頃、「コワルスキー」なる外国の苗字を聞いて、マッチョな男性を想像した。タイムボカンシリーズ『オタスケマン』に「ドワルスキー」という名のマッチョ悪役が出てきただけあり、ますますゴツい男性像を思わせる苗字である。しかし、子供の頃の私はなぜ「コワルスキー」なる外国の苗字を知ったのだろうか?
ズバリ、テネシー・ウィリアムズの戯曲『欲望という名の電車』のヒロインの義弟の苗字だった。ああ、この『
「男の業」と「精神の血」 ―冲方丁『マルドゥック・スクランブル』―
鬼才・冲方丁氏の代表作といえば、時代小説である『天地明察』を選ぶ人も少なからずいるだろうが、私はやはり、サイバーパンクSF『マルドゥック・スクランブル』(早川書房)を選ぶ。
『マルドゥック・スクランブル』のヒロインは、大都会マルドゥック市の貧困層の娘として生まれ育った少女ルーン・バロットである。彼女は数奇な運命をたどり、野心家の男シェルの陰謀で、事故に見せかけて殺されかける。瀕死の重傷を負ったバ