荻窪メリーゴーランド 特装版
■ 感想
「荻窪メリーゴーランド 特装版」木下 龍也,鈴木 晴香(太田出版)P208
三十一文字の相聞歌で恋の断片を切り取り、ふたりを回すメリーゴーランドはいつしかその回転に変調を来し始める。
地上から少し浮き立つようにふわふわと柔らかに始まった恋は会いたさ故に切なさを生み、周りの景色が見えなかった求心力は、情熱が緩やかになっていく速度と比例しながら精彩を欠き、日常に埋没し、交わされなかった言葉の数だけ心の隙間は距離を広げていく。
恋が愛へと昇華されることは思いの外少なく、皮膚に阻まれひとつになりきれない焦燥のように恋と愛はぴたりとその隙間を埋めることが叶わない。
ゴシックと明朝、フォントを変えることでどちらの心情であるかを示し、思いも寄らない場所へと運ばれていくスリリングな展開を短歌で想像させる開放感が面白い本書。日々の中で静かに変化していく心模様が最小の文学に閉じ込められることで想像する余地は無限に広がり、読む度に様々な景色を見せてくれる。
特装版では袋とじで「一首評」が付属されており、流動的に結末が変化していった過程の裏話で作品の輪郭を辿ることができる。短歌で綴る新感覚ミステリー。
■ 漂流図書
■新編日本古典文学全集(6)萬葉集
恋慕や親愛の情をうたった相聞歌と言えば万葉集。文字で現す意味の背後にふたりだけが分かる感情も三十一文字に託せる甘美。
遠い過去の恋が千年の時を経てまた誰かの心を震わせ、うたの中で永遠を手にする。
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