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深海で 君の影揺れる

妻と「突き抜けた特徴が欲しいよね」という話をしていた晩御飯。


今日は野菜が食べたいから、と普段は絶対にいかない鍋の食べ放題へ向かった。「これだっていうものが、なかなかないよなあ」なんて言いながら、一芸を持つ人たちを羨みつつレタスをほうばる。妻はきのこばかりを食べていた。
「もっと何か続けておけばよかった」と箸をおく。お会計は、意外に高くついた。たぶん10年ぐらいはいかないね、なんて冷静に分析しながら家路につく。


風呂に入る前、今からちょうど1時間ほど前のこと。ふと、これまでで一番自分が熱狂してきたものってなんだろう?と考えた。

野球は約10年間つづいた。ピアノも、まあ、10年ぐらいは続いただろうか。ただ、それが熱狂かどうかはまた少し話は違う。歯ブラシを口にくわえて、電気を消したままの浴室にはいった。野球はともかく、ピアノは惰性だ。湯桶にお湯をひとすくい、そのまま迷うことなく左肩にかけてやった。

そしたらなんだろうなあ、なんて考えながら湯船につかり、鼻歌をうたっていた。極細のやわらかい歯ブラシを使っていたから、力加減を慎重に、歯茎の腫れたところを入念に磨いていく。

僕は、鼻歌をうたっていた。僕は、鼻歌をうたっていた。

それは、もう幾度となく繰り返されすぎていて、何の歌かなんてまるで意識をしていなかった。「ああ、そうか」、と歯磨き粉の泡がたまった口をシャワーのお湯で3回ゆすぐ。



僕の心の奥深く
深海で君の影揺れる
あどけなかった日の僕は
夢中で君を追いかけて 追いかけてたっけ
 -『深海』より


もう一度湯船につかりながら、今度は大きな声で歌ってみた。

結局、20数年以上僕が熱狂しつづけているのは、どこまでいってもミスチルだけしかない。そんなことに気がつかされて、風呂からでては汗だくになりながら、なんだか久しぶりに、昔みたいにミスチルのトリビアなんかをネットであさってみた。
やれ昔のアルバムがどうだのこうだの、金のしゃちほこがなんだのかんだの、ともすれば何のつぶしも利かない情報ばっかりを食べあさっては、繰り返し『深海』を口ずさむのだ。


いつだか、ミスチルを意図的に聴かない時期があった。カラオケのせいだった。
友達といけば、とにかく酒に合うテンポの明るい歌ばかりが予約に並ぶ。僕だって、そんなに空気の読めないやつではないから、カラオケでノリノリになれない歌はいれるつもりなんてない。適当にみんなが知っていそうな、くそ面白くもない歌を叫んでは、酒を繰り返し呷っていた。

そんなことをしているもんだから、だんだんミスチルの曲が悪者みたく思えてくる。冷静に考えたらそんなことありえないのだが、自分の好きなように歌えないカラオケを何かのせいにしていた。


結局はくだらない意地だった。恥ずかしいなと思いながら、しんみりとソファに寝転げる。そうして『深海』の歌詞を思い出しては、更なる恥ずかしさに頭をかかえるのだ。



失くす物など何もない
とは言え我が身は可愛くて
 -『深海』より


もっと、自信もってりゃよかったのにな、なんてことを思いながら、あしたも鼻歌をうたって風呂に入るのだ。


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ミスチル プレライブの案内が来ていたので、久々に。

ここで書くことを、忘れていたわけでは決してない。忙しさのせいで、言葉が頭から流れていってしまっていたのだ。


きっとそうだ。たぶん。

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