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【2章8話】小説『葬送のレクイエム──亡霊剣士と魂送りの少女』「在りし日の祝福」

第2章8話 在りし日の祝福

 思い出は、いつだって残酷なほど優しい。

 吹き抜けの大広間に、穏やかな音楽が流れていた。
 シャンデリアの吊された天井には青空が描かれ、雲の合間からのぞく天使たちの笑い声まで聞こえてくるようだ。

 今日は諸侯や貴族たちの他にも、礼服を着た騎士たちまでそわそわと列席して、まもなく壇上に現れる彼らの戦乙女を今か今かと待ちわびている。

 やがて国王夫妻の到着が告げられ、ノワール国王と王妃が壇上に上がった。
 主人であるクロードも、その中にいた。
 そして、アスターが待つもうひとり──


『──ルリア・エインズワース!』


 名を呼ばれ、壇上に現れた女の姿に、誰からともなくため息が漏れた。

 ゆるく流れるプラチナブロンドの髪に、毅然きぜんとしてなお慈愛と優しさを失わない黄玉トパーズの瞳。紫色の宝玉をはめこんだ宝杖が、誇らしげにきらめいて。

 巫女としての礼装をまとい、目の前で跪拝きはいしたルリアに、国王は満足げに頷いた。

 控えていた司祭がビロードの箱を捧げもつ。入っているのは、彼女の戦績をたたえる宝冠ティアラだ。

 数多あまたの戦線に立ち、剣ふるい矢を放つ騎士たちを支え、国境をおびやかす亡者どもの魂をあの世に葬送ってきた証。それは、彼女が誰よりもノワール王国の民を救ってきたことを示していた。

 純白の戦乙女──その栄誉と重責を一身にまとって。

 国王が手ずから、彼女の頭に宝冠を載せようとして──完爾かんじと笑った。
 ルリアが、その意味を取り損ねて思わず顔を上げた。

『諸兄──我がノワールを守る勝利の戦乙女は、いずれ我が息子クロードとともに、この国を導く勝利と祝福の星となるだろう。──クロード。未来の花嫁に祝福を』


 いきなり中央に呼ばれたクロードが面食らっている。周囲のざわめきと拍手に狼狽ろうばいを隠せないのだ。
 ルリアの方は、むしろおかしそうに事の成り行きを見守っている。

 国王が見守る中、クロードの手によって宝冠が載せられた。
 それはさながら神聖な誓いの儀式のようだった。子どもの頃から結婚を約束されたふたりが、人々の祝福を一身に受けているのだ。

 その光景に、アスターは言いようのない感動を味わった。
 ふたりを守る──その誓いが胸にこみあげてきた、そのとき。
 壇上のクロードが振り返った。

『アスター、おまえも来いよ!』

『──は?』


 間の抜けた声が出た。
 こんな公式の場で、何を言うのか。散歩に誘うような気楽さだった。口の中でうめいた。


『俺が出ていって何になる……』


 けれど、どうやら周りは違うらしい。
 ルリアはくすくす笑っているし、国王も驚いた素振りもなく微笑んでいる。

 仕方なしに壇上へ上がったアスターに、クロードが剣を差し出した。王家の紋章である双頭の獅子の意匠。

 アスターは目を丸くした。
 これは……──


『受け取ってほしい。我がノワール王家への忠誠の証だ』


 言葉に、万感の重みがあった。
 国を守る者の重みであり、覚悟だった。

 卒然と理解した──ルリアが国を守る純白の戦乙女であるなら、アスターが国のために戦う雄々しき獅子となるのだ。

 アスターが亡者を斬り倒し、ルリアがその魂を葬送る。その功績をたたえるための場なのだった。

 アスターはひそかに憮然として、幼なじみの憎めない顔を見た。小声で言った。


『知らされてなかったのは俺だけか……?』

『は、はは……本当は父上から渡してもらうはずだったんだけどね?』


 自分ですまない、と言い出しかねないクロードの手から剣を受け取った。奪うように。
 クロードがちょっと目を丸くしている。その耳元で、ささやくように言った。


『おまえからがいい。俺が忠誠を誓うのはおまえだけだ』


 国王も同席している場で、不敬ともとれる発言だった。
 たまたまふたりのそばにいて聞こえてしまったらしい司祭が、泡を食ったように青くなった。

 クロードも驚いた顔をして、そのあと、熱くなった目頭をごまかしてはにかんだように笑った。


『ありがとう、アスター』


 宝剣の授与を終えて、国王が、ルリアとアスターを中央に呼んだ。
 ノワール王家を守る若き双璧──そのふたりが、ともに歩むことを祝福して。

 ノワール王国が滅んだのは、そのわずか半年後のことだった。

(第2章9話へ続く→ https://note.com/b1uebird88/n/nfdfcbd4c1e73



【第1章1話「荒野の邂逅──声なき叫び」】
https://note.com/b1uebird88/n/nca7dcb3d0e2e

【第1章2話「希望の果てに」】
https://note.com/b1uebird88/n/n014d98877a5f

【第1章3話「亡者よりも……」】
https://note.com/b1uebird88/n/n2e5435ed7cb5

【第2章1話「命知らずな男」】
https://note.com/b1uebird88/n/n7fe8a85a4bde

【第2章2話「旅の理由」】
https://note.com/b1uebird88/n/n1d331168eff7

【第2章3話「不穏な胸騒ぎ」】
https://note.com/b1uebird88/n/nc13ba08efac5

【第2章4話「捜し人の行方」】
https://note.com/b1uebird88/n/n32fceadf426f

【第2章5話「甘やかな追憶」】
https://note.com/b1uebird88/n/n56d2908dfd1a

【第2章6話「女の子だから……」】
https://note.com/b1uebird88/n/n8c7a7a57ac3b

【第2章7話「戦いにおぼれて」】
https://note.com/b1uebird88/n/nff608220ae60

(イラスト:漫画家 青木ガレ先生)

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