掛け布団とねこまんま

夫は時々、朝ごはんにねこまんまを食べている。
炊飯器のなかでご飯がカピカピになっている時、食欲がない時、時間がない時。だいたい理由はそんな感じだと思うが、単に好きなのかもしれない。聞いたことがないのでよくわからない。私が作った溶け残りのある味噌汁が濃すぎるのかもしれない。

今日は眠そうでもないのだけれど、なぜか声にあまり元気がない。何か考えているような沈んでいるような、これも理由はわからないが、いつもとは違うのは確かだ。

そういう時に「この人はきっと考え事をしているんだな」とすんなり思えるようになったのは、まぎれもない「この人」のおかげだな。と、まだ温かい夫の布団にもぐりこみながらぼんやりと思い起こす。

小さな頃からいつも両親の顔色を窺っていたし、祖母の微細な態度の変化に緊張していた。大学進学と共に家を出て、一人で暮らせるようになってからも、人の様子がいつもと異なると『私のせいか?』『私が何か言った/やっただろうか?』と不安になる。それが態度に出る。相手にも聞いてしまう。自然体で居られなくなる。うんざりされたことも何度もある。

夫はいつも「え?仕事のこと考えてた」「あ、ごめん何食べようか真剣に考えてた(笑)」と、まるでそれが初めてされた質問かのように答えてくれる。

この人に育てられているなあ、と思う。育て直されている、と言った方が適確だろうか。今流行りの『夫育て』に対して『ツマ育て』とでも言おうか。語呂が悪いな。それに、別に妻として育ててもらっているわけでもないしな..。私の、(この言い方はあまり好きではないのだけど)インナーチャイルド、を抱きしめてもらっている、とでもいうのだろうか。それもいまいちしっくりこない。夫と暮らしていると、これまでの人生での他者とのやり取りや、自分の思い込みのパターンとはまったく違う反応が返ってくる事が度々あって、それが新鮮なような、不思議なような感覚になることがあるのだが、それを何と言えばいいのかが私にはまだよくわからない。

夫はいつもよりテキパキと支度をしていたかと思うと、別室から私の掛け布団を持ってきて「寒いから」と夫の薄い掛け布団の上から掛けてくれる。

ああ、今日は急いでるからねこまんまの日か。なのにどうしてこの人はわざわざ布団を掛けに来てくれるんだろう。苛々もピリピリもせず。自分の支度が全部終わってからでもいいのに。

ねこまんまを合間にかきこみながら身支度を進める夫をぼんやりと眺めていたら、いつのまにか流れるほどの涙が出ていた。

ああ、この人はただ一緒に居てくれているだけなんだ
私を育ててもいない、わざわざ抱きしめてもいない、
結婚とは、家族とはひょっとして、こういうことだったのか、。

まだ薄暗い部屋、夫は涙には触れず
「目が充血してるね、ゆっくり休んでね」
と言って仕事に出掛けて行った。

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